踊るように
「ナラ柾目材とステンレス磨き仕上げのオーダーキッチン」
横浜 M様
design:Mさん
planning:daisuke imai
producer:yasukazu kanai/kouhei kobayashi
painting:yasukazu kanai/kouhei kobayashi
キッチンの相談をしたいのです。と言う、電話の向こうから聞こえる声は、この人は建築業界で働いている人だなと言うことが分かる声でした。
専門用語を話された、と言うはなく家を作ることにおいて、作る人の話を聞けて、さらに自分の意見を率直に伝えてくださる、そういうのってやっぱりもの作りを知らないとできない姿勢で、それが受話器の向こうから感じられたのでした。
メールではなく直接お話したいという印象は、何だか自分のイメージが混とんとしてきてしまった、という自分が思い描いてきたものに迷いが出てきてしまった風情ではなく、また、何を必要としているのか自分でも分からないのです、というこれからの取り掛かりを知りたい、と言う印象でもなく、会って話をすることで、自分の考えを前に進めたいのです、と言う何というか飾りのないしっかりとした口調だったのです。
「ありがとうございます。それでは、一度キッチンを見にいらして下さい。」
そうお伝えしてまもなくMさんご夫婦がいらっしゃいました。
「こんにちはー。」とさわやかに入ってこられたMさん。
まるで、映画「beyond the sea」で、ボビー・ダーリンを演じたケヴィン・スペイシーのように軽やかなステップを踏むような仕草でにこやかに奥様と笑顔でうなずきあって入ってこられたのです。
(実際はそうじゃなかったかもしれませんが、私にはそう映ったのでした。)
「はじめまして、Mさん。」
「はじめまして、イマイさん。んー、いいねぇ、こういう印象。やっぱりオーダーのキッチンは素晴らしいよね。」とお二人の足取り軽やかに、ぐるりとショールームを見渡してそうおっしゃってくださいました。
「ありがとうございます。よろしければ、詳しいお話をお聞かせくださいますか。」
「おぉ、そうですね。」
と席について見せてくださったのは、ある室内の家具で少し変わった家具でした。
「こういう家具をリビングに置きたいのです。実は今リフォームを考えておりまして、実は自分で設計をしているのですが、家具のことをいろいろ探すうちにイマイさんのことを知ったのです。そして今日見たらやっぱりキッチンも良いなと思いまして。」
うれしい言葉を頂きながら打ち合わせを進めていきました。
ご主人が考えていたのは、2色の木を使った家具で、ちょっと華々しい印象。
私たちの考える形はまったくゼロから作っていくものですが、その取り掛かりは何かの形に突き動かされて生まれるものが多いのです。デザインと言うと聞こえは派手やかに聞こえるかもしれませんが、その作用と言うものはその必要とする場所、人、事にうまくフィット(と言うニュアンスでしょうか)させることです。
作家さんとは違って、ひらめきや秀でたうつくしさへの感覚を研ぎ澄ませて表現するのではなく、与えられた条件をうまく組み立てて、その結果、その答えを必要とするところに整えていくことが大きな仕事だと思っております。
言い訳かも知れませんが、だから私は「全てお任せします。」と言われることがとても苦手で、そうなってしまうともうイメージがグルグルグルグルと頭を巡るだけで何もそこから抜け出てこないのです。
皆さんから提示されるカードに記されたヒントを一つずつ拾い集めていくことのほうがよほどしやすく、楽しみやすいのです。
そのようなわけで、リビングの家具のイメージもMさんが持って来て下さった雑誌の切り抜きからスタートするのでした。
その形は赤茶色の木とこげ茶色の木でできたその家具の印象をMさんの部屋にどのように合わせていくか、それを考えていきます。染色で赤茶色に表現することをどう思うか、素材が赤茶色いものを用いることをどう思うか、古いマンションと言う限られた搬入スペースで、長い天板をどう納めるか、そしてMさんの使いたい形をそこにどう落とし込むかな、パズルのように提示されたカードを、Mさんと一緒になんだかんだと言いながら、うまく並べてゆくのです。
よし、どうにかひとつにまとまりましたね。
「俺はもう済んだよ。あとは君のキッチンだね。」
と、ケヴィンはニンマリ。(敬称略)
続いて奥様。
今回のキッチンは、開けたリビングとつながる場所ではなく、キッチンと言う独立した場所に作るキッチンです。見せられるような作りにするのではなく、奥様が使いやすく、好きな印象を組み込むことにしたのでした。
イメージは、「よく食べてよくたべる」の福原さんのキッチン。
福原さんらしい柾目の落ち着いた印象のあのキッチンを表現したいのだそうです。濃いめのリビングと淡い色のキッチン。どんな対比になるか楽しみです。
そして今回初めて使う磨き仕上げの天板。
「そもそもヘアラインもバイブレーションもピカピカよりも傷が目立たないようにできた表情なので、傷は確かに目立ちにくいですが、汚れが落ちにくい部分があるって何かにあったのを聞いたのです。」と、奥様。
私もちょうどそのころ同じような話を聞きました。
結局研磨したラインの中に油や水あかが入ると取れにくかったりします。また研磨してしまえば削り落とせるのですが、磨き仕上げにしてあれば汚れは染み込みにくいのです。
「キズはいずれつくものですし、そういう経年変化は気にしません。それよりも掃除がしやすいほうが良いです。」
と言うことで、400番の磨き仕上げの天板にすることになったのです。
どちらの家具も楽しみな形になりそうです。
そうお話するうちに、玄関収納もお願いしたい、と言うことになりまして、玄関からリビングへ、そして、部屋の奥にあるキッチンへと視線が移る場所に私たちの家具を導入させて頂けることになりました。
おおかた形も決まって、いよいよ工事が着工。解体が終わったタイミングで現場にお伺いしました。
たしかに古いマンションで、エレベーターもすこしゆっくり動くタイプのちょっとコンパクトなもの。
ちょっと搬入が大変かもしれないなあ。
「こんにちは、失礼します。」
紺色のパリっとした背広を着たケヴィンは、腕組みをしながら軽やかに現場の皆さんに的確な指示を出しておりました。(敬称略)
「あ、Mさん、こんにちは。」
「おぉ、イマイさん、こんにちは。こちらイマイさん。今回キッチンと家具を作ってくれる家具屋さん。」
照れくさいですが、そう皆さんに紹介してくれました。
でも、そう照れてもいられないので、監督さんの挨拶をかわして家具をどう納めるか、コンクリート内に通せない配線立をどう取り回せて、家具とどう納めるか、キッチンの配管もどう納めるか、いろいろとお話をしていきます。
何しろまだ解体したてなので必要な壁も立っていないし、あるのは大工さんが引いてくれた地墨だけ。
ここから寸法を拾ってほしい、と言われるのだけれど、今までなかなかそれできれいに納まったことが少なくて、なるべく壁が立ってからもう一度寸法を測りたいのですが、リフォームで製作する家具も手が込んでいるということもあり、このタイミングから製作を始めないと、難しそう。
ところで、Mさんは住友林業ホームテックさんで設計をされています。
住林さんのお仕事は、以前「子供を呼ぶ声」でお世話になったので、しっかりしたお仕事を確認しているし、私たちの家具の寸法を優先して、壁を立ててくれるということですので、解体してどうしても調整が難しい部分のみ寸法を修正して、無事に進められることが分かりました。
ありがとうございます。
現場の工程を確認したあと、さっそく工房に戻って図面を修正し、製作の段取りに入りました。
今回はクルミとブラックウォールナットの2樹種を使った家具になりますので、早めに段取りしておかないと材料の確保も難しくなります。
また今回のハンドルは、大好きな「かなぐや」さんのものを使うのですが、オリジナルで作って頂くサイズのものがあったりして、いろいろ必要なものを揃えていきます。
リフォームで台数が多い現場だと納期がタイトになってくるので、こうしてバタバタするのであります。
そうしてできあがり次第納品へと進めていくのですが、今回は時期を融通して頂いたこともあって、一度にまとめて運ぶことができたのでした。
心配だった古いエレベーターにどうにか長い天板が入って搬入も終わったし、いよいよ設置工事です。
躯体の不陸もどうにかなりそうで、既存の吊戸棚で使用していた吊ボルトもそのまま活用できそうだし、配管の位置はちょっとだけずらす必要が出できましたが、2日間かけて、キッチン、食器棚、リビングボード、玄関収納のすべてがきちんと必要とされた場所に納まりました。
どの家具もきれいに納まってひと安心。
これであとは無事にお引き渡しをするのみです。
そうして、無事にお引き渡しが終わり、ご新居で新年を迎えたMさんのところにあらためて挨拶にお伺いしたのでした。
季節はもっとも空気が乾燥している2月。
「やはり無垢材ですから、少しは動いて空いたりした部分はありますが、大丈夫ですよ。問題なく使えています。」とMさん。
ブラックウォールナットとクルミの象嵌のように見せている部分も狂いなく使えていました。
キッチンはもちろんカウンターはすり傷があちこちについていますが、ヘアーラインやバイブレーションとは違った光沢と使い込んだ具合は、良い風合いなのでした。
お掃除もしやすいということで、とても気分よく使ってくださっている様子が分かりました。
こういう家具たちの姿が見られるのはうれしいことです。
Mさん、お邪魔しました。
また何かあればいつでもお声掛け下さい。
天板 | ステンレス400番磨き仕上げ |
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扉・前板 | ナラ柾目突板練り付け |
本体外側 | ナラ柾目突板練り付け |
本体内側 | ポリエステル化粧板「ホワイト」 |
塗装 | オイル「ホワイト」塗装仕上げ |
ナラ柾目材とステンレス磨き仕上げのオーダーキッチン
費用につきましては、お問い合わせくださいませ。