べん べん べん

「タモをカシューで仕上げた琵琶演奏用のスツール」

design:nakamuraさん
planning:daisuke imai
producer:gaku suzuki/masakane murakami
painting:daisuke imai

琵琶奏者のための折りたたみ椅子

仕事で使わなくなってしまって、あまっていた材を引っ張り出して、さっそく試作。以前に使った革も大事に取ってありましたので、それで座面を張ります。村上君は、趣味以上の革細工ができるので、彼に縫製をお願い。

琵琶の演奏家である中村様から、「床几」という演奏する際に座る携帯式の椅子についてのご相談を頂いたのですが、その内容が、いろいろと難しそうで・・。
さて、どうしようかな、と頭を悩まし始めたところです。それはこのような感じでした。
「琵琶の演奏は、基本は正座して行うことで安定した楽器のポジションが得られるのですが、近年は椅子での演奏を求められることが多く、また海外演奏ではほぼ椅子での演奏になります。
ところが、一般的な演奏用の椅子で琵琶に適した物はありません。そこで、持ち運び可能な舞台に置いても美しい床几型の琵琶演奏用の舞台椅子を何とかつくれないものかと思いご相談申し上げます。
一般的な床几は、「座面が平坦で後ろ方向に身体が引き戻されるような姿勢になって演奏しづらいこと。」また、「膝が左右にぶれて(開いて)膝の上に乗せた琵琶が上下してポジションが狂うこと。」そして、「座面の面積が小さく、やや安定性に欠ける。」という3つの欠点があります。それを解決した床几形の椅子を作っていただけないでしょうか。」

もちろん、琵琶の音色を私は知りませんでしたし、琵琶の楽器自体どのような形をしているのかも思い浮かびません。浮かぶのは、子供の時に聞いた怖いお話「耳なし芳一」くらいだったのです。ですので、正直なところ、引き受けたらよいかどうかどうしようかな・・、悩んでおりました。
しかし、中村さん。その熱意は強く、「どうしても良いものを開発したいのです。」と言って、今お使いの床几を持参して、中野からいらして下さったのでした。
そして、そのお話を聞くうちに、私はいろいろと魅かれていくのでした。
もともとアラブやヨーロッパからシルクロードを経て、中国へと到達した琵琶は7,8世紀に中国より伝わってきたのだそうです。絹糸を合わせて作った弦をツゲでできた撥ではじくのですが、その音色がたくましく美しいのです。そしてその琵琶自体の形状や構造もとても興味深く、これはもう作るしかないね、という気持ちへと変わっていったのです。
しかしなにぶん、折りたたみ椅子自体仕事として作ったことがなかったので、まずは試作をしようということになったのでした。

琵琶奏者のための折りたたみ椅子

こちらがブルホーン(牛の角)。見た目の印象はとても格好良く仕上がりました。赤茶のなめした革も良い色合いでした。座面を前のめりに傾斜させるのは、ベルト式にして、革が延びたら穴を変えて縮めることで傾斜角を保つような構造に。 この試作品は今でもショールームでご覧いただけます。

よしよし、折りたたむ構造の基本はつかめましたので、続いて中村さんのイメージに近いものの試作に取り掛かります。
そのポイントは、膝が開かないようにすること、演奏は時には撥を叩きつけるような大きな動きをする時もあるので、軸をしっかりとさせること、背筋がいつでも伸ばした状態で居られるように、前に傾斜していること。これからの大きなポイントとそのほかの小さなポイントを含めて試作した椅子がこの赤い革を張った牛の角が生えたような椅子でした。

琵琶奏者のための折りたたみ椅子

本製作を始めた様子。すべて組み上げてから塗装をしようと思ったのですが、カシューはオイルと違って、粘度の高い塗料で、入隅の処理が大変そうでしたので、組み立てる前に塗装をすることにしたのです。

さっそく座って頂いて、改善点を打ち合わせます。膝を抑える角が長すぎて、袖が絡まるかもしれなかったり、革の座面がどれだけ音を吸収してしまうかを検討したり・・。
いろいろと考えて、本制作の開始です。試作はアルダー材を使ったのですが、軽いのが良い点でありましたが、柔らかい印象。もう少し材が硬いほうが、音がきれいに響くのだそうです。できれば座面も木にしたいところでしたが、長時間の演奏を考えて、革で進められるかどうかを再検討。
まず、素材はタモを使うことに。角ももう少し低くして、膝よりも出るかでないか程度に。軸には、太い金属を用いて、脚の部材は軸のあたりで剛性を出すために太く。

琵琶奏者のための折りたたみ椅子

塗っては磨きを繰り返すことで、導管を生かした光沢のある仕上がりになっていったのでした。大変でした。

塗装は、本体は漆が良いとのことでしたが、私たちも今まで試したことがない素材でしたので、中村さんが今までお使いだった床几と同じ仕上げのカシューを使って塗装することに。もちろん、カシューも普段使わない塗料ですので、いろいろと試すのです。どうやったら発色がきれいで、つやも均一になるのか。刷毛も毛足の極短いものを自作して、極力刷毛ムラの出ないように。研磨しては塗り重ねて、独特の表情になりました。

琵琶奏者のための折りたたみ椅子

全体の印象、その1。

琵琶奏者のための折りたたみ椅子

全体の印象、その2。

こうして完成。座面はいろいろと中村さんのほうでも調べて頂いて、まずはやはり革にしましょう、ということで、黒い革を村上君に仕立ててもらいました。
良い印象に仕上がりましたので、さっそく中村さんに見て頂いて、それから足元に特殊なゴムを履かせてようやく完成。長い時間を掛けて作った甲斐がありましたね。

琵琶奏者のための折りたたみ椅子

試作のブルホーンと並べるとこのような感じ。

ブルホーンと並べると、その違いが分かりますか。
その後中村さんのもとに納品にお伺いしまして、しばらく練習で使って頂くことに、
すると、しばらくしましてから中村さんからお便りが。
革の座面にもかかわらず、思ったよりも音が出るということで、次回の演奏会でさっそく使って頂けることに。
これは大変、これはうれしい。さっそく妻と二人で時間を作って演奏を聴かせて頂くことに。
ひとつは西郷隆盛の最後の場面の歌と、もう一つは源義経が天狗を相手に立ち回った時の様子の歌でした。
中村さんの声音と琵琶の音色で臨場感があふれる歌だったのでした。とても良く響くように聞こえたのは、私たちの椅子がそのお手伝いをしてくれたおかげでもあったのでしょうか。とてもうれしい一日だったのです。

琵琶奏者のための折りたたみ椅子

タモの無垢を接いで、それから円形に切り出していきます。それを3枚重ねて、あり加工をした脚と組み合わせて、ひとつの演奏台になります。さらには、この隙間には小さな支柱が入っていて、その支柱を演奏ごとに動かしてみて一番良い音がしたところに留めておけるようにしているのです。大変です。

実はそのあとも中村さん、嬉しそうに相談にいらして下さいました。
「実は、この椅子に座って演奏するための台を作りたいと思っていまして。」
「台、ですか・・。」
「そう。台です。実は縁あって、先日ギターの演奏家さんのご自宅であるものを拝見させて頂いたのです。・・・」
という、またまた難しいお題です。どうしましょう・・・

琵琶奏者のための折りたたみ椅子

いろいろと細かい部分について、悩みながら演奏台と一緒に撥置きも一緒に作らせて頂いて、やはりカシューで仕上げて、演奏台は、オイル仕上げで、こうして一つにまとまりました。

またまた難しいお題を頂き、さらには、万が一演奏に持ち出せるように、組み立て式のものにしてほしいということで、とても複雑な加工で仕上げたのです。どうでしょうか、良いでしょう。
はい、これでようやくすべての演奏するための道具が揃いました。パチパチパチ、べんべんべん。
「実はイマイさん、あと一つ。譜面台が・・。」とにこやかに中村さん。

琵琶奏者のための折りたたみ椅子

これでひと通り完成です。

琵琶演奏用の椅子

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