待ち望む
「食器棚のオーダー」
上大岡 T様
design:Tさん
planing:daisuke imai
producer:tsuyoshi kawaguchi
painting:haraki tosou
「仕事の関係で、今までは海外で暮らしていたのですが、今度ようやく帰って来られることになったので、そのときのためにと思って、以前から日本に戻ったときに必要なものを考えていたのです。
イマイさんのことも、実は向こうで生活している時から見つけていてお気に入りだったんです。」
そう話すTさんはとても気さくでちょっと前まで海外にいたとは思えないくらい親しみを込めてお話してくださいました。
でも、ホームページって面白いですよね。私もいろんな方のお話を読んだり聞いたりしますが、こうやって初めて会う人なのに、初めて会うんじゃない気がするのです。まあ、それまでにメールで何回もやり取りしていると言う効果もあるのでしょうけれど、何だか親戚に会いに来たんだって言うような身軽な気持ちになるのです。だからね、皆さんとお話しするのはとても楽しいです。
Tさんが頼んでくださったのは、最初は食器棚でした。最初にお伺いした時は、もうすでに海外から戻られてしばらく経っていた頃で、そのあいだずっと食器棚のない暮らしだったのだそうです。
「ええ、もう慣れてしまったのですけれどね。でも、ここだけはイマイさんにお願いしようって思っていたのです。ちょっと、複雑な場所だったし・・。」
なるほど。
実際に設置場所を見てみるとちょっと複雑です。きっとマンションを販売する方にとっては、これはひとつのメリットだったのでしょう。でも、生活スタイルが決まってしまっているTさんには必要ないものでした。
それは、ドアでした。
Tさんの間取りでは、廊下から洗面所に入るドアがありました。そして、キッチンからも洗濯機やお風呂場にすぐ行き来できるようにドアがついていました。便利は便利ですが、壁がなくなってドアになってしまうので肝心の食器棚を置くスペースが全く無くなってしまっています。Tさんはあまり背の高くない方なので、システムキッチンの上の戸棚に日常の食器をしまっておくのは、毎日の生活において大変な作業です。また、料理を盛り付けるためにお皿を取りにキッチンを一度出て、ダイニングにある食器棚(ダイニングには、メキシコから持ち帰った素敵な食器棚があるのです。)から食器を取り出して、盛り付けて、運んで、また取り出して、盛り付けて・・。これも大変です。最近のキッチンはあまり広く設計されていないことが多いので、たくさんの食器を並べておいて一気に盛り付けと言うわけにもいかず・・。
そこで、Tさんはキッチンから洗面所に行くドアを塞いでしまうことにしたのです。こうなると普通の家具屋さんではちょっと難しいようです。うちに依頼していただく前に、いちおう知り合いの方に一度食器棚の見積もりをお願いしたのだそうです。でも、やはりTさんの納得いくプランと見積もりにならなかったのだそうです。
そこで私とTさんが考えたのがこの食器棚でした。
ちょっと考え方は変わりますが、「この場所に合わせて」鶴川 Hさんも似たような考え方でしたね。
ちなみにトップの写真は、洗面所からキッチンを取った時の様子です。扉をふさいだわけではないので、開けて通気することはできるのです。
食器棚の形が決まってそろそろお暇しようと思っていた時、「あっ、そうそうもうひとつお願いしたいことがあったのです。実は、カウンターの下にも収納を作っていただきたいんです。でも、普通の収納じゃなくって・・。」と、お話を聞くと、どうしてもここにプリンタをしまいたいのだそうです。当然プリンタのサイズの方がカウンターの出っ張りよりも大きいです。
「じゃあ、上の方はカウンターの出っ張りに合わせた奥行きで、一番下だけプリンタが入るような深い奥行きにして2段に分けましょうか。」
とTさんに提案したのですが、Tさんはいまいちしっくり来ない感じです。
「ええ、でも、もしできるなら一番上からプリンタの奥行きに合わせたいと思っているのです。
カウンターから出っ張ってしまうのは分かっているのですが・・、一番上の引き出しを斜めにすることってできますか。」
「ナナメ!?」
そういえば変形した家具はあまり作らなくなったなあなんて思いながら、「できることはできますよ。でもここがこうなって・・、ああなって・・。」といろいろとメリットデメリットを説明します。でもTさんはそれもある程度分かっていたようで、「その形でお願いします。」と言うことに・・。うーん、どんな家具になるのだろうか・・。
ちょっと頭を悩ませながら、自転車で会社へキコキコ・・。
*ちなみにそのメキシコの素敵な食器棚は、作りはとても荒々しいのですが、その手作りの装飾の感じが良い雰囲気で、私が気に入ったのはそこに使われていた扉の丁番でした。それは、ただ釘をペンチか何かで曲げて輪っかにしたものを2つつなげているだけなのです。ヒートンのような感じです。それを食器棚側は縦に、扉側は横にと言うように曲げてつけているだけでしっかりと扉は開閉します。こんなにも単純で明快だと、あまりに機能的な形をしているので(当たり前ですが)見ていて無骨なものがだんだんと美しく見えるのです。今私たちが使っているものがどんなに便利でもこのシンプルさには勝てないなあって。デザインの原点ってこういうふうに人が工夫して形を変えようとした結果なんだって。
複雑な構造の2台のわりには、取り付けは思ったよりもスムーズに終わりました。ちょうどTさんの一番下の息子さんが夏休みの部活から帰ってくる時間らしく、一緒にお昼ご飯をご馳走になってしまいました。鈴木君と寺井君と3人でムシャムシャとお代わりまでしてしまって、何だか本当に親戚にうちに遊びに来てしまったかのようです。
おいしかったです。
ごちそうさまでした。