開かれたキッチン
「大雪山のナラとステンレスバイブレーションの壁付けキッチンとアイランドカウンター」
港区 M様
design:平成建設さん
planning:平成建設さん/daisuke imai
producer:iku nogami
painting:iku nogami
平成建設の設計士さんWさんから相談を頂いておりました。
「今度都内でちょっと大きなキッチンの制作をイマイさんにお願いしたいと思っているのです。またお話まとまったらご連絡しますね。」
と、いううれしいご相談。ただね、Wさんの設計はいつもシビアな納まりが多いので、ちょっとドキドキするわけです。
どんな形なのだろうとぼんやりとした不安を持ち続けて考えていましたら、数か月後に大きな図面が届いたのでした。
それはもう大きな。
というのも、大きさはそれなりの大きくはあったのですが、その内容の大きさというか内容の濃さに気持ちが案の定落ち着かなくなってしまったのでした・・。
今回、Wさんはこの住宅を総合的にまとめる設計としての立ち位置で、キッチンに限っては実際の設計はOさんというまだ私よりも全然若く可愛らしい女性が担当することになったのでした。
「初めまして、イマイさん。まだキッチンの納まりなどで分からない部分もありますので、いろいろと教えて頂けますと助かります。」という挨拶を頂いていて、まだお若いのでてっきりキッチンの設計なんてまだ詳しくは分からないことが多いのではないだろうかなんて勝手に思っておりました。(Oさん、ごめんなさい)
こういう言い方をすると失礼かもしれませんが、家具やキッチンを細かく設計できる設計士さんはなかなか少なかったりすると思っているのです。通常よりも奥行きの深いキッチンなのに、開き扉になっていたり、吊戸棚の奥行が700ミリもあったり。高さが900ミリもあるのに引き出しが2段になっていたり・・。今までいろいろな形を見てきましたが、設計士さんは線を少なくすっきり見せたい、と考える方が多かったりして、使い勝手がその次になる方もいらっしゃったことがありました。
しかし、それが実際にその家に住む施主さんにもきちんと確認されていて意図的にその形になっているケースもあったりします。また、私たちには使いにくいのではないかと思える形でも施主様自身今までその形で使い慣れてきたからそれがベストだというお考えの方もいらっしゃいます。そのあたりを踏まえると何か正解かは一つではないのですが、ちょっと使いにくい形になってしまったというところを今までには何度か目にしたことがありました。
そういう形になると怖いなあと思って、「ここはこうするとこうなって良いですよ。」「ここをこう見せたい場合はこうするのはいかがでしょう。」なんてちょっと物知りになった気分で当初はお話をしていたのですが、いつの間にか私が知りたいと思うことの質問への答えが大変的確なことに気づき、そのうちには私よりも良い納まりを提案されたりして、いつの間にか私のほうが勉強させられている形になっていて、これはこれはお見事です、と唸らされてしまうことも。
ですので、このキッチンの納まりはOさんのアドバイスがあってきれいに納められたと言っても良いくらいでした。
そうして教えたり、教わったりしながらこの大変難しい形は徐々にまとまっていったのでした。
それで、具体的に内容の濃い部分がどう難しかったのかというと、もうこの形の全部でした。ただ、ありがたいことにこの現場を担当してくれた監督さんも大工さんも顔なじみのお二方で、現場で納めやすいように調整してくださり、とても話が進めやすかったことが幸いでした。
さらにはいつものように平成さんの精度で図面通りの寸法でこの現場を仕上げてくれるので、今回のように壁のできあがりを待ってからの制作では間に合わないような場合でも安心して先に手をつけることができるのでした。
それでもこわい部分がたくさんあったのです。
怖いというのはそのまま言葉通りで、現場の様子が分からないと納まりが読めない部分がいくつかあったのでした。
今回のキッチンは壁と床ができたらそこにポンと置くだけで済むような形ではなくて、ステンレスカウンターの一部がそのままサッシの枠までにつながるような窓台になっていたり、吊戸棚やレンジフードがサッシの上端よりも低く設計されていて、背面が少し見える仕上げをどのように見せるかが複雑な形状になっていたりと、複雑な納まりになっている部分がたくさんありました。
また、壁との逃げも最小寸法になっていて、というか逃げがほぼなくて、最終的には下地の段階で2~3ミリの逃げを見ておいて、その上から仕上げの板を大工さんが張ってもらうことで、逃げのまったく見えない作りにするというシビアな仕上げがあったり。数えきれないくらいの納まりの細かいこわいポイントがあったのでした。
また、作り方や設置方法だけではなく、搬入についてもどのくらいの困難が出てくるか読み切れなかったのでした。
今回、ステンレスのカウンターに関してはなるべく継ぎ目を無くした形で表現したい、ということで話が進んでおりました。
もちろんそれを作ることは可能なのですが、その場所に運び入れることができるのかどうかは最後まで分からない部分だったのです。
問題になったのは、アイランドカウンターの上に乗せるステンレスのコの字の大きなパーツで、これが大きすぎて玄関からだとキッチンまでの道のりがくねくねしているので入らないので、キッチンの勝手口から入れようと想定しておりました。勝手口のサイズは小さかったのですが、コの字の形状になっているので、横に倒してグルグル回していけばどうにかなるかも、と考えていたのです。
ただ、いきなり当日にやってみる、というのはさすがに怖かったので、書き上げた図面をグルグル回しながら、机上の検討を繰り返して、さらにはベニヤでこしらえた型板を持参して、「どうにかなりそうだ」なんて自分の気持ちの中では思っていたのですが、実際にはそのパーツのかなりの重さと屋外からの経路の狭さ、そしてこの勝手口付近に集中している電気配線とエアコンのダクトに水道管が道を阻んで、さらには勝手口の手前に組まれた足場があって、実際は大丈夫だろうか‥という不安を設置当日まで悶々と抱えたまま過ごしたのでした。
そして、さらに今回はキッチン以外の機器類もかなり多くありまして、これも一緒に設置する必要がありました。さらには、電気屋さんが設置する埋込エアコンのスペースをうまく確保したり、さらにはその下に冷蔵庫まであったりして・・、これは大変だ・・。
まずは2日間かけてキッチンを設置していきます。
ちょうど通学路沿いに建つM様の現場は、子供たちが行き交う時間帯は車が進入できないようになっているため、少し時間を調整して臨みます。
それでも住宅街にしては往来の多い場所で、車を寄せてその都度運び入れるのですが、重い形が多いことで体力的にも疲れてきてなかなか時間が掛かってしまい、時折渋滞を招いてしまったり、通行する人の邪魔になってしまったりして、気持ち的にも疲れてきたりしたのですが、キッチンのキャビネット自体はそれほどの混乱なくどうにか無事室内に入れることができて、3メートルを超える一番長い天板もかろうじて搬入完了。
そしていよいよコの字のステンレスカウンター。
搬入時にどうしても足場にぶつかって運び込めなくなる部分は事前に一時解体してもらっていたので、準備万端でいざ搬入開始。しかし、1.2ミリを折って作ったコの字は予想以上に不安定。特に横に向けると歪んできますし、この形状になってさらに合板も裏打ちしてしまうとかなりの重量になったのですが4人がかりでどうにか進入していきます。
コの字の頭部分を侵入させながら横に振りつつ他の部分も進入させていくのですが、電気配線用のケーブルが干渉してきます。このケーブルも何十本と束になるとそう簡単に動くものでもないわけですが、どうにか2人掛かりでそれを壁に寄せつつさらに進級させてコの字がぐるりと輪を描くようにエイヤッとまわしてどうにか搬入完了。
ホーッと息をつきます。
これがうまくいけばもう今日の作業は半分終わったようなものです。なんて思うのですが、実際は窓枠に合わせてステンレスカウンターを仕込んだり、電気配線を取り込みながらキャビネットを組み立てたりと、2日間をフルに使ってようやくひとまず完了、と言えるところまで作業を終えることができたのでした。
このあとは作業を一時中断して、大工さんが壁の仕上げ材であるシナベニヤを張って、左官屋さんが床にモールテックスを塗って、と仕上げが終わるまでは時期を待ちます。
そうして、すべて内装が仕上がったタイミングで今度は機器類の設置です。
一番の困難だったのは、重量120kgのリープヘルの冷蔵庫。2台で120kgなので、分割して運べば60kgなのですが、それでもすでに外構工事が始まっているなか運ぶのは大変な困難で、大工さん、監督さん、外構屋さんの手を借りながらどうにか門扉にもサッシにも当てることなく設置完了。
制作を担当したノガミ君が「これはつらいです。」と言ったほど大変だった一連の作業がこうして無事に完了したのでした。
今回は、オーナーさんとお話しする機会はなくて、設計士のWさんとOさんを通じてこの形を実現させたのですが、ひと家族が使うキッチンにしてはかなりのボリュームでしたので、どういう意図で作られたキッチンなのかをお聞きすると、ここで子ども食堂を開くのだそうです。
なるほど、そういう地域に開かれた場所としての多機能なキッチンなのですね。
大変勉強になった形だったのでした。
ありがとうございました。
天板 | ステンレスバイブレーション |
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扉・前板 | 安多化粧合板「大雪山のナラ」 |
本体外側 | 安多化粧合板「大雪山のナラ」 |
本体内側 | ポリエステル化粧板 |
塗装 | オイル塗装仕上げ |
大雪山のナラとステンレスバイブレーションの壁付けキッチンとアイランドカウンター
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