杉並モダニズム
「ブラックチェリーとコーリアンのL型キッチンとサクラのベッドフレーム」
杉並 S様
design:Sさん
planning:Sさん/daisuke imai
producer:kenta watanabe/kouhei kobayashi
painting:kenta wataknabe/honoka takeishi
「イマイ様。
カタログを拝見しまして、先日主人からお電話にて連絡させていただきました。見積もりをお願い致します。
キッチン図面は少し古いのですが添付させて頂きます。
・冷蔵庫を収納する棚は不要です。
・キッチン上部に飾り棚をつけたいです。
・食洗器はコンロ横になっていますが、シンク横に後々設置したいと思っています。
・シンク下部は引出し式のゴミ箱にしたいです。
・可能であれば、木目を縦方向にしたいです。
引出し等は添付のキッチンイメージ参考写真のような色をイメージしておりますので参考にして頂ければと思います。
宜しくお願い致します。」
マホガニーのような赤みの強い海外のキッチンの写真が貼付されたメールが届きました。
そういえば先日男性からキッチンのことについて電話を頂いていろいろと話をさせて頂いたのでした。
電話ってね、その場で思うことを離していくわけですのでとてもリアルな意見をお伝えすることができるのですが、少し経つと忘れちゃうことが多いのです。
こういう場合はこういう作り方をするとよい形になります、とかこの高さならこういう引き出しの割付がちょうど良いかもしれません、とか決まりにのっとった話なら伝えやすいのですが、特に費用のこととなるとその場でお伝えするのは大変難しい。
システムキッチンと違って、キャビネットが一つの金額がいくらです、という形とは違って、この形だとどのくらいの量の材料を使って、何日くらいでできるかと考えていくので、なかなかその場で計算しづらいのです。特に電話しながら計算するなんててんびん座生まれの私でもなかなか難しい。
むかし、村上春樹の話の中で、右のポケットに五百円玉と百円玉、左のポケットに五十円玉と十円玉を入れておいて、手で触って同時に数えるって件がありましたが、そのくらい器用なら電話だけで鋭い話ができるかもしれませんね。
と、お話がそれてしまいましたが、その男性とどのような話をしたのか詳細までを思い出せないうちに、このメールをきっかけにしてキッチンのお話が進んでいくのでした。
印象としては使い古された深紅な印象を目指すというのでしょうか、あとあと気が付いたのですが、少し古めかしいフランスのインテリアという印象にまとまっていったのですが、当時はまだそのイメージなんだということに私自身がたどり着けなくて、マホガニーのような素材と白い石の天板の印象をイメージしながらお話は進んでいったのでした。
ところで今回はL型のキッチンの制作です。L型のキッチンというと、一人でキッチンをフル活用したい、というお話が多いのですが、今回のSさんのようなレイアウトだとキッチンの手前のダイニングスペースがとても広く採ってあるので、どのような使いかたでもストレスなく使えます。
今回のキッチンのプランを進めるにあたっては主に奥様ではなくご主人とお話しする時間が多くて、ご主人がお料理を主にされるのかというと、よくお聞きするとご主人は著名な方々のポートレート写真を多く撮られているフォトグラファーで、調理のメインは奥様になるのでしたが、このシンクとコンロが離れたレイアウトでしたらお二人で作業しても気持ちよく使えそうです。
それから、L型というとコーナーの部分がデッドスペースになってしまうことが多いのですが、今回もやはりその点には少し悩みました。
ただ、この部分にいろいろな工夫をしてもそれほど活用できなさそうで、コストもかかってしまうことと、将来的に食洗機を入れたいということで、そうなるとコーナー部分はおのずと使えなくなるので、潔くこのスペースは使わない形で話を進めたのでした。
さて、今回のキッチンの天板はコーリアンで制作しています。
ステンレスというのは最初のイメージからかけ離れてしまうのでSさんとしては考えていませんでしたが、最初のイメージはクォーツストーンのように思えたのでその素材での制作も検討したのですが、L型だとつなぎ目が出てしまうことやコストが高くなることを考えて人工大理石のコーリアンにしたのでした。
まず、キッチンキャビネットはブラックチェリーを使って作るシンプルな構成でしたので、ある程度に分割して制作して搬入もスムーズに行なうことができたのでした。
コーリアンのカウンターも分割したので重量はありましたが問題なく運び込めて、天板の仮設置までは順調に進みました。
そして、コーリアンをつなぎ目部分の加工です。
コーリアンはそのつなぎ目を消すことができます。
ところで、このSさんの間取りがとても特徴のある空間になっていて、1階は撮影のスタジオを兼ねた広いアトリエになっていてそこにポツンと大きな階段があります。その階段を上ってくると、このロフトのように思える2階の暮らしのメインフロアに辿り着くという感じです。
2階のメインフロアは、仕切りのまったくない大きな一つの空間になっていて、階段を上がるとすぐにこのキッチンが見えて、そのまま右を向くとリビングの先にベッドルームまでが見通せる、という不思議な空間です。
これほど大きな空間なので、当初はコーリアンをL型で制作したまま搬入しようと思ったのですが、重量的にそして階段を振り回すのに少し読み切れない部分がありました。
どうしようか迷っているところに、コーリアンの加工メーカーさんから、「このサイズを一体にして作って運ぶのはちょっと危ないと思われます。」という連絡を受けて、2枚の天板を現地でつなぐ、という施工方法にすることにしたのでした。
コーリアンは、樹脂でできているのでこういうつなぐ加工を行なうことでそのつなぎ目をきれいに消すことができるのが大きなメリットです。
ただ、今回の場合は、少し大変だった部分があります。バックガード(カウンター材と同じ素材で作る立ち上がり)の部分です。
壁付けキッチンの場合にバックガードをつけるかつけないかはそこで暮らす皆さんによってまちまちですが、個人的には付いているほうが安心かなあと思っています。
ただ、キッチンを見た時の印象として、バックガードがあると少しスッキリした印象が薄れることが多く、つけない方が今のところは多いかなあという印象です。
では、つけない場合はどういう仕上げになるのかというと、壁に張られたキッチンパネルやタイルとカウンター材の接する部分はコーキング仕上げになります。
コーキングは最初のうちは弾力があって隙間をしっかり防いでくれますが、10年以上経過してくると部分的に硬化して壁と隙間を作っちゃうことがあります。
その時に気がついてきちんと再充填するならそれで大丈夫ですが、うっかり忘れてその隙間から水が浸みこんじゃうと、ちょっとならよいのでしょうけれど、じわじわ継続的に染みこんでいくと中でカビがうまれる原因にもなったりするので、バックガードがあるとそういう心配が軽減されるので安心かなあと思うのです。
今回はそのバックガードの立ち上がりの高さが100ミリとけっこう高いのです。
その高さがあるとちょっとした角度の差が上端では数ミリの誤差になってきます。カウンターもバックガードも基本的に樹脂を加工して接着して手作りで作っていくのでそういう誤差は当然出るのですが、それを現場で調整してフラットに仕上げていく部分が少し大変だったのですが、無事きれいに施工も終えることができたのでした。
このあとに設備屋さんやガス屋さんが無事に工事は完了してお引渡を行なうことができたのでした。
そして、それから4か月ほど経った頃、あらためてご連絡を頂きました。
「フリーハンドイマイ様、お世話になっております。
先日お電話でお伺いしました家具製作に関してご連絡いたします。
今回はベッドの製作をお願いしたく思っております。
添付にてイメージしている写真をお送りしておりますが、これを忠実に再現することは可能でしょうか?
素材が異なると思いますので細部まで完璧に、とはいかないことは重々承知しておりますが、木部のディテールなどは再現できるものでしょうか?
またこのような製作をお願いする場合に費用はどれくらいかかるものでしょうか?
ベッドはクイーンサイズを想定しております。
ご検討のほど宜しくお願い致します。」
そういう内容のメールと一緒に送られてきた写真はどこか懐かしく美しい形のベッドでした。
調べてみると、シャルロットぺリアンがデザインしたというベッド。
たしかにそう言われれば、この不思議な室内空間にキッチンの色合いもどこかで見た色あいに思えたのです。
それはコルビジェの建築が載っている写真集で見たような無駄をそぎ落としたような色あいと形に思えたのです。
なるほど。
Sさんがイメージしている空間はそういう印象だったのか、と今さらながらに気が付いたのでした。
このシンプルな形でしたらキッチン同様に実現可能ですよ。とお伝えしたのです。
「それはとてもうれしく思います。ただ、このベッドのような使い込んだような印象に近づけたいのですがそれは可能でしょうか。」と再びSさん。
たしかに写真に写るフレームの姿は、退色して塗装のツヤも落ちてしまった印象です。
しかも材の種類までは写真からは特定できず、似ている材で考えるとするならサクラが近いでしょうか。
ということで、そのあたりをSさんにご説明させて頂きました。
どのようなことかというと、素材の使いこまれた印象というのはとても美しく映ります。
ただ、それをできたての状態で表現することは難しく、意図的にダメージ加工、アンティークな塗装などの風合いを持たせることもできるのですが、私個人としてはそのような風合いというのは時間を経て生まれるものですから、人工的な工夫では生まれにくく、またそのような加工を施することで、時間が経った時に返って見え方に不都合が出てくるのではないかと思われるのです。
例えば、経年変化で木材の色が変わって来たのに、意図的に部分的に入れた色はなかなか日焼けしないで、時間が経つごとに不自然に目立ってしまったり、意図的なダメージと自然に生まれるダメージでは表現のされ方が変わって見えたり・・。
ですので、あくまでも写真の印象は写真の印象でしかなく、使い込むことでそこに辿り着くのだと思うのです。
というようなお話をさせて頂いたのでした。
お仕事柄、物事の見え方、美しさを理解されているSさんには納得して頂けまして、ヤマザクラを使ってその形を表現させて頂いたのでした。
本当はマットレスもあの独特の枕のようなクッションも実現できたらなあ、と思っていたのですが、そのあたりはコストの兼ね合いでこれからご自身で気に入ったマットレスを用意されるとのことでした。
でも、あの空間にマットレスが置かれた姿のベッドと使い込まれたキッチンがしっくり納まっている姿がいつか拝見したいなあ、とその時が来るのを楽しみにしているのです。
天板 | コーリアン「カメオホワイト」 |
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扉・前板 | ブラックチェリー板目突板 |
本体外側 | ブラックチェリー板目突板 |
本体内側 | ポリエステル化粧板 |
塗装 | オイル塗装仕上げ |
ブラックチェリーとコーリアンのL型キッチンとサクラのベッドフレーム
費用につきましては、お問い合わせくださいませ。