私のアトリエ、ソファ

「シナとフェザーとファブリック張りのオーダーソファ」

海老名 イマイ邸

design:akiko/daisuke imai
planning:daisuke imai
producer:iku nogami
painting:iku nogami

【最初に】

「イマイさんのところでは、ソファは作られるのですか。」
時々そう聞かれます。
大きな造作家具をオーダーで作ることをメインにやってきたこともあるせいか、ソファを作っているという印象がうすいのでしょう。
「もちろん、作りますよ。」
と皆さんにそう伝えているのですが、やはりなかなかご依頼頂く機会は少なかったりします。ソファというと専門で作っている工房もありますし、またそれ自身の形もなかなか浮かびにくいところもあったりして、作ることはできても作ろうと思える機会が少なかったのでした。
今まで作らせて頂いた形もソファというよりは、長椅子という印象で、やはりソファを作れるメーカーとは分かりにくいのかもしれませんね。
それならば、と自宅で使いながら皆さんに見てもらえるような形を考えよう、と思い立ったのでした。思い立つまでが長かったですね。

全体像。幅はひじ掛けを含めて1960mmあります。ひじ掛け自体が幅100mmずつあるので座れる部分は1760mm。体が大きなイマイ家でも3人で余裕をもって座れます。
ひじ掛けを外した様子。この形が美しい。背とひじ掛けのラインと形状が続いていく様がよいのです。ちなみにカラフルなクッションは真木テキスタイルスタジオさんの「ちくちくクッション」。

【ソファの思い出】

では、どんな形なら自分にとって必要な形になるのだろうか。少しずつ考えることにしたのです。
でもまず浮かんできたのはちょっと変わった思い出ばかり。
もちろん、子供時代にもソファがありました。
でもそこに座るというよりはそこを飛び越えて隣の部屋に行くための、自分の中の一番身近なプレイグラウンドにある障害物という感じだったり、風邪をひいて隣の部屋で寝ている時の心細い気持ちから、いつもソファのハイバック越しに両親の頭が見えていないと不安になるような心象が残っているくらいで、実際にそこに座って心地よいなと思って暮らしていたことはなかったかなあ。
それから、ソファの座面の間に自分がいつ変わってしまったコカ・コーラのグラスの破片が挟まっていて、不意にそこに膝をついた時に我知らず膝が血だらけになってしまっていたり。
それによくある話のようにソファに座るよりもソファを背もたれにして床に座っちゃうような、そんなスタイルのほうが落ち着いていたりして、なかなかなじみが薄かったのでした。
もともと、私は自分の暮らしの中でソファを必要と感じていなかったのかもなあ。

座面の高さをどのくらいにするか検討中。結果として予定通りの120ミリの厚みで仕上げてもらうことにしたのです。あと難しいのはひじ掛けの高さ。数字で表しづらい部分で、その人の腕の長さや肩の形、浅く座るか深く座るかで感じ方はいろいろですので、やはり座ってみてどう感じるのかを知ってもらうことが大事なのだなと実感します。

【暮らしの中のソファとは?】

ではどんな形にしたら良いだろうかとあれこれ思いめぐらすのでした。
自分の暮らしにあう形とはどんな形なのだろうって。
まず思ったのは、やはりオーダーキッチンや大きなオーダー家具とは違って、なるべく暮らし始めてから考えたほうが良いだろうなということでした。
暮らし方っていろいろあって、一つの家庭でも季節や年代が変われば暮らし方が大きく変わることもありえます。
先の変化は分からなくても、家族がどういう動線で動きたいのかって言うのは住み始めると分かってきます。
そういう姿が見えてきた時にあったら良いなと思える形が見えてくると思うのです。

我が家は玄関から2階に上がる動線上にリビングダイニングがあって、はっきり通路と居間との境もなく、また決して広いスペースではないので、リビングの中央にソファを置くと邪魔になっちゃう。なので、玄関寄りの壁に沿う形でソファを置いています。
それはもともとこの家を考えている時からの福原さんとのイメージ通り。
大きさについては、我が家はみんな体が大きいので、ゆったりしたサイズで。でもここに全員が座ることはないだろうから、ゆったり座れるくらいの2.5人掛け~3人掛けくらいのサイズにしたいと思ったのです。
それ以上広くすると動線の邪魔になりそうだということもありました。
高さは低め。これはアキコのリクエスト。なるべく足を投げ出して座れるようにしたい、ということで、普通のソファよりも低めにしています。
さらには奥行は体を預けられるくらいの深めにしてよりゆったり座れるようにしたいと考えました。
全体の形としては、やはり張り包みの仕上げは淋しいかなあ。木工やってるなら木組みの様子はきちんと表現できるような形にしたいなあ。
ひじ掛けはやはり必要です。ひじ掛けの仕上げをどうするか、デザインをどうするか、そのあたりは私のイメージがあって、カップが置けるくらいの広い面があって肘を置いても肩が疲れない高さで時々寝そべったりしたときに、クッションを充てると枕のようなちょうど印象が良いなと考えておりました。
形としては、「ぼくらの椅子」のひじ掛けのような感じ。
座面は硬めのほうが良いかな。でも印象として厚みを出したいからウレタンで調整しようかな。
背は柔らかめにしたいよね。どうしたらよいだろう。
そうやってあれこれ考えを突き詰めていくと、その形は当然のように素朴な形に帰結していったのでした。
奇をてらうような表現は好きではないし、あるがままの形をシンプルに見せたいと考えるとこの形になるのかな。
ただ、背の表情はとても良い形にしたいって思いがありました。
信じて頼ってくださる」のAさんのチェアの時もそうでしたが、椅子の後ろから見た時の美しさってとても興味を引くのです。
だから、今回のソファも今は壁に接する形で使っているけれども壁から離した時に表情の良さが掃除をするたびに気づかせてくれるのです。(笑)

背もたれ考察。背と肘の接合方法と背の補強の入れ方が正しいかどうか、制作を担当したノガミ君と一緒に試作を作って確認します。
脚の形状。どうしても丸みを出したかった部分。
その丸い脚が少しだけ末広がりになっている印象。
フレーム組みあがり。背と肘の関わりや背の補強の様子など、細かい部分が一番わかる写真。

【できあがりまで】

こうして、大まかな形がまとまりまして、制作に取り掛かったのでした。
素材はキッチンや食器棚などそのほかの家具の素材と合わせてシナの無垢材で作りました。
オークなどに比べると多少柔らかい材ではありますが、組み方さえしっかり考えればかえって弾力が出ておもしろい形になると思っております。
座の形状は後ろに向けて勾配をつけるかどうか迷ったのですが、ゴロっと横になる時の感覚と、また側面から見た時にソファの形を考えるとフラットにしたいと思ったのです。
では座り込んだ時の深さや傾斜といった感じ方をベルトやスプリングなどの素材で変えるかどうか迷いましたが、やはり座面は一般的な仕上げのウレタンにしました。
ベルトを使って感じられるほど座面を薄くする考えはなくて、スプリングの感触はなんとなくなじめなかったもので。 そして、今回張りを依頼したフジタケさんにもいろいろ相談に載ってもらって、フラットな座面でもかけ心地がよい形になることが分かってその仕上げで進めることにしたのでした。
下地は15ミリ合板でそこに硬いものから徐々に柔らかいあたりのウレタンで作ってもらい、脚のあたりが優しくなるように前後だけ丸張りしてもらって左右はマチを取って張ってもらったのです。
マチを取ると角が直角にしやすいので座面と座面の間の隙間が少なくシャープな印象になります。
また、座面を左右のフレームに少し入れ込むような形になっているので、丸張りだと納まらない部分もあったのです。
背も同じく、厚みをきちんと出して四角い印象を出すために左右はマチを取っています。
背の素材はフェザー。
3人でも十分座れる幅なので、座面も背も3分割にすると使いやすかったのかもしれませんが、何となく窮屈に見えてしまいそうでしたので、2つの大きな座と背にして作っています。それでも背が型崩れしないようにフェザーは中で羽毛がばらつかないようにブロック状に仕切られたクッションをサイズオーダーで作っています。
張地は革ではなく、布にしたくて、さらには少しザラっとした肌触り(ごわごわしない感じ)の毛やウールベースのもので考えて、フジエテキスタイルさんのタイムという張地で張ってもらいました。
夏でも冬でもさらっとした触り心地です。
そして、フレーム。丸みのある脚と、構造となっている材の接合をどう見せたらよいかを悩みながら考えていきます。 どうしても前後の脚は丸みをつけたうえで、強度と見た印象を考えてハの字にしたかったのです。そして、背もたれの印象。細い格子が並ぶ形でさらにはひじ掛けの形状と揃えたいと思っていまして。
そのひじ掛けと背もたれが非常に繊細な接合になっていて、華奢な印象だけれどもしっかりした作りにしたかったのでした。
そうしてようやく完成です。

脚の印象と座面が載せられた時のボリューム。前脚と座が微妙に変形しながらかかわりあっているところが可愛らしい印象。
普段見えない背中の印象。張地のマチの様子。そして、ちょっとくたっとなったフェザーの背とウレタンで張りつめた座の様子。座面もあまり大きな一塊にすると、ウレタンがへ経ってくると布地が撚れてシワが寄ってくるのでこのくらいの座面の大きさがバランスが良かったと思っております。
背の印象。背を支える補強とその補強を下で支える幕板の様子。ここがちょっと複雑で強度が必要なので、後ろの幕板は幅を広く作っています。

【できあがってみて】

完成してこの形が最良かというと、座る人の体の大きさにもよるかもしれませんが、私としてはやはり課題は多少あったりします。
座り心地はとても良い感じです。
背がそれなりの厚みがあったので、座の奥行をもう少し取った方が体を預けて座りやすかったのだろうと思えます。
背を外すとちょうど良い奥行と感じるくらい。
ソファの考え方として、背を低くする場合は座を硬めにして奥行を深く取って、デイベッドにもなるような使い方をすることが多く、背が高めの場合は奥行をすこしだけ浅くして使う形が多いようです。
そう考えるともう少し奥行きがあっても良かったかもしれません。
ただ、我が家のスペースを考えるとこれ以上奥行を増やすと部屋がかなり狭く感じてしまうこともあって、そのあたりのバランスは悩ましいところです。
奥行を取れないなら、少し座面を後ろに傾斜させてもよかったかも、という話にもなりました。そのぶん膝の位置が上がって、桃の裏のあたりにクッションを感じられてよいかもと。
でもそうなると印象がだいぶ変わるのと、座る時と立ち上がる時に高さが低いぶん力が必要だったりして、ここも悩ましいところです。

背の印象。座り込むとだんだんとくたっとなってくるのですが、左右にマチを取っているので高くずれしづらいのです。日干しするとまたパンっと膨らんでくれるのがフェザーの良いところ。体を預けるとふんわり沈み込んでいく感じはやはりとても心地よいです。
「櫂(カイ)」のような形をしたひじ掛け、そして背もたれ。この形好きなのです。今回はよりのっぺりした印象にしたかったので、うすくて面もそれほど大きく取らないで、素朴な表情のまま仕上げました。

しかし、こうして一つの形ができあがることで、いろいろな方向性が見えてきました。
自宅は、家具や建築の経年変化を見て頂く良い場所だと思っておりますので、定期的にオープンハウスを開催したいと思っております。
そういうタイミングで(それ以外の時でもご予約頂ければ見学できますよ。)キッチンや家具を含めて触って座って感じて頂いて、この家具たちを皆さんのかたち作りの最初のモノサシのように見て考えて頂けたら幸いです。
我が家で使い始めてもうすぐで1年。いつも誰かしらが体を預けている暮らしの道具になってきました。

シナとフェザーとファブリック張りのオーダーソファ

価格:480,000円(制作費・塗装費)

ちょっと関わりのありそうな家具たち