
私たちの町
「ホワイトオーク突板とステンレスバイブレーション仕上げのワークトップの壁付けキッチンと吊戸棚」
目黒 N様
design:すわ製作所さん/Nさん/daisuke imai
planning:daisuke imai
producer:kenta watanabe
painting:kenta watanabe

目黒という場所はなかなか思い出深い町であります。
以前どこかにも書いたことだと思いますが、特に環状七号線と目黒通りが交差するあたりには20代の前半に週3回通い続けた学校(ICS)がある思い出深い町です。
寒川から単線に揺られて夕暮れの目黒の町の夜間部で学んでは、再び単線に揺られて終電で帰る、というあのサイクルでやっていられたのも今よりもなんだかのんびりとしてからなのでしょうか。
きっと采配を振るう父としては、もう少し一途な思いでこの仕事に取り組んでもらいたいと思っていたのでしょうけれど、私としては、月水金の15時からは自分だけで時間を独り占めすることができた甘い甘いわがままな時代だったのです。
そして、私がこのICSに通い始めたあたりから「インテリア」「家具」「建築」という言葉が次第にみんなの暮らしの中でよく耳にするような気がしていて、お茶の間でも「建築家」や「家具作家」がドラマの主人公になった時代でもあったように思えます。
30年ほど前の話です。

入ったばかりの大学を数か月で止めてしまい、アルバイトで貯めたお金で車の免許を取り終わってのらりくらりとしていた頃に父に「時間を持て余しているのなら手伝ってほしい。」と言われて始めたこの仕事は、当時は個人邸向けの家具を作る需要などほとんどなく、作っては短期間で改装されてしまうお店の家具ばかりだったように思います。
奇抜なデザインの図面が元請けさんから降りてきては、こんな形どうやって作るんだ・・なんてぶつぶつ言いながら奇抜な色をした仕上げ材に苦労しながら作っていたように思います。
だから仕事の合間を見て、木を削ったり、何かを工作したりと、化粧板ではない無垢材をこねくり回す時間がとても楽しかったのでした。
そんな奇抜な物作りに生意気にもつまらないという思いを抱いてしまいまして、週3日学校に行くという(大変失礼な言い方になってしまいますが)自分にとっては気晴らしのような気持ちで通い始めたように思います。
ところが学び始めてみると、やはり知らない世界はおもしろい。物を作ること、デザインするということの良い部分や良くない部分などいろいろなことを自分なりに知ることができてたいへん愉快な2年間だったのです。

その2年の間に目黒通りが大きく変わり、家具屋さんやインテリアショップやモダンはホテルまでオープンする通りになっていったのでした。
週末以外でも若い子たちで賑わい、何やらノート片手にいろいろとメモを取っていく男の子たちも多くいたように思えます。
その頃からですね、少しずつ個人邸向けの家具の相談を頂くことになったのは。
仕事の合間に初めて作ったホームページというものに(当時はNHKの教育テレビなどで、「HTML言語を使ってホームページを作りましょう。」なんて言う番組がやっておりました。)家具作り以上に取りつかれてしまって、ようし、ここで自分たちが作っているもののことを表現しやるんだ、なんて意気込んで、きらきら光る「BACK」や「HOME」や「NEXT」のアイコンを使って「私たちのホームページへようこそ」なんてやりながら長い文章ばかり載せていたら、父に「そんな小さい字ばかりでだれが読むのだい。」ってあきれられてしまったものでしたが、うれしいことにその朴訥とした文章の中に何か良いものを感じ取ってしまわれた皆様がなんだかじわじわと増えてきて、こうして、使う人に直接家具を作らせて頂くことができるようになったのです。
そうして今ではキッチンを作らせてもらえるなんて、よもや、あの学校を通じて知り合った友人たちが今でもそばで助けてくれていて、まさか自宅まで設計してもらうことになるなんて、20代のひょろっとした青年には思いもよらなかったことでしょう。
今では少し静かな印象に落ち着いたこの目黒通りですが、それでも通り沿いにきれいな家具が並んでいたりすると今でもワクワクしますね。
その目黒通りのおかげなのでしょう。通り沿いではとても素敵な形を何度も作らせて頂く機会がありました。
「ポーカーフェイス」のMさん
「わたしのものとあなたのもの」のHさん
「音がうまれる部屋」のTさん
(今はこの家具と一緒にスタジオをお引っ越ししてしまいましたが)
「跡をのこす」のKさん
「お待ちしておりました。」のEさん
「猫との暮らしはこれから」のKさん
「gridding」のHさん
ここに挙げていない形もたくさんありまして、この通りを走っていると、あの時はこうだったなあ、とかあれはたいへんだったなあ、なんて思いがふとよみがえるのです。

そして、今回のNさんも目黒通りから1本住宅街に入ったところにご新居を建てる予定。
キッチン納品後にお話を聞かせてもらった時は、ご主人も奥様もこの町で育ったのだそうで、私にとっては学びの町でもお二人にとっては懐かしい故郷なのでした。
Nさんから最初のご相談を頂いたのが2020年12月13日となっています。
何度かメールをやり取りさせて頂きましたのちにこちらにいらしてくださることになったのでした。
「おぉ、やっぱりいいよね。」と響きわたる声で、どちらかというと奥様よりもご主人が興味津々で私たちのキッチンを見つめてくださっていたのを覚えております。
その時にお話がまとまったプランが最初のスケッチにあるペニンシュラタイプのキッチンでした。キッチンの上に宙に浮いたような笠木を載せる形で、その笠木を支えるステンレスのうすい板をどうやって作ろうか・・、なんて悩んでいたのでしたっけ。
どうにか実現できるような形を思い描いて図面にまとめたところだったのですが、しばらくしてNさんからご連絡が。
「ウッドショックの影響で工事が着工できなくなってしまったのです・・。」とのことで、再開の見通しが全く立たないようでしてNさんもとても沈んだ様子でした・・・。
あれからどうなったろうか・・。と思っていた頃に、ようやくNさんからご連絡が入りました。
これが2022年の12月、ここまで来るのに早2年が過ぎておりました。
「お世話になっております。
大変長らくお待たせすることになってしまい、申し訳ございません。
実は、以前一緒にお邪魔させていただいたデザイナーとは破談になりまして、あらたに「すわ製作所」さんとお話を進めることになりまして、やっと基本設計が決まりました。
以前のプランからは大幅に変更があります。
詳細につきましては、また相談させてください。」
とのことで、ひとまずNさんも私も胸をなでおろしたのでした。
というのも、この頃ウッドショックのほかにミーレの供給が止まりそうな状況で、ミーレの食洗機を気に入ってしまったNさん、実は供給が止まる前に先にご自身で食洗機を購入されていたのでした。
キッチンができあがるまで私たちのほうでお預かりしていたのですが、ご新居の工事がまだ止まったままだったものですから。
そうして、新居のプランニングと並行してキッチンのプランもまとまりまして、いよいよ工事の着工は2023年の7月下旬からとなりました。
「すでに連絡があったかもしれませんが、今後は、すわ製作所の設計のSさんと進めていただくようお願い申し上げます。
進めていくなかで、私もお話に加わるかもしれません。
大変長い時間がかかりましたが、ようやく進んでまいりました。
引き続き、よろしくお願いいたします。」
とNさんの決意のメールを頂いていよいよ始まりますね。
キッチンのプランは、間取り自体も変わったので、当初のものからレイアウトも形も全く変わって壁付けのキッチンでお話が進むことになりました。
最初は2枚目のスケッチのように家電収納も組み込む形のキッチンを想定していたのですが、背面に来るすわ製作所さんのほうで制作してくださる収納に家電を置くことができるようなプランに変わっていったため、キッチンのステンレスカウンターは3600ミリを超える大きなものにすることができました。
そうなると、気にかかってくるのは搬入です。
キッチンのレイアウトは引き出しを多く用いた形になったので、ある程度細かくキャビネットを分けて制作できるのですが、ステンレスカウンターだけは1枚で作りたいですので、今回のような2階にキッチンがある間取りだと場合によっては作ることはできても運び込むことができなかったりする場合も出てきます。
そこで、ご新居の上棟後に現場で打ち合わせをする際に、搬入経路についても確認。
今回は階段まわりが広く、また天井も高く抜けていることもあって、どうにか室内から搬入できそうだと判断。
もし難しい場合でも、大きなバルコニーがありましたので、図面通りで問題ないことを確認出来たらいよいよ制作です。
今回の形は引き出しを多用したシンプルな形になっているのですが、キッチンパネルとの寸法の割り付けやパネルの端部とキッチン右端部の見せ方など、細かい部分で現場とあうんの呼吸が合っていないときれいに納まらなさそうな部分が多かったのですが、設計士さんと監督さんが家具の細かい作りまで分かっていらっしゃったので、とても納めやすく作ることができたのでした。
そして、設置当日の2023年の12月末。まわりは少し年越しの雰囲気になっておりましたが、気を緩めずにみんなで乗り込みまして、お天気にも恵まれて搬入も問題なく進めることができて、無事に2日間で設置が完了。
「イマイ様
お世話になっております。
キッチンありがとうございました!
実際に使ってから感想をお伝えしたいと思いますが、ひとまず写真だけでも気分が上がります!!
今回は当初の予定からいろいろと変わってしまい、たくさんの無理を聞いていただきまして、本当に感謝しかありません。ありがとうございました。
住んでいくなかで、また何かしらお願いできることがありましたら、是非よろしくお願いいたします。
本年、大変お世話になりました。
良いお年をお迎えくださいませ。」
と、Nさんにも喜んで頂けました。長い期間でしたがこうして無事に終えることができて、やっと本当に気持ちが落ち着いたのでした。

それから2ヶ月後にお引き渡し、さらにお引っ越しとなり、そして少し落ち着いた頃にご挨拶に伺わせて頂きました。
すわ製作所さんの独特の木の表情を生かした心地よい空間とNさんご家族で塗装したという壁面収納のペンキの優しい表情の横にキッチンがきれいに使われておりました。
キッチン設置工事時にはまだなかったすわ製作所さんで制作したカウンターと家電収納もキッチンときれいに揃えて作られていて、キッチンというスペースが静かに華やいで見えました。
その心地良い空間のなかで、お二人が育った目黒の町の様子を聞くことができて、四半世紀前の若々しかった頃の思いがよみがえって、なんだか私自身懐かしくなったのでした。

天板 | ステンレスバイブレーション |
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前板・扉 | ホワイトオーク板目張り突板 |
本体外側 | ホワイトオーク板目張り突板 |
本体内側 | ポリエステル化粧板 |
塗装 | オイル塗装仕上げ |
ホワイトオーク突板とステンレスバイブレーション仕上げのワークトップの壁付けキッチンと吊戸棚
価格:1,700,000円(制作費・塗装費、設備機器費用は別)
*運送搬入費・取付工事費が別に掛かります。
(目安として、運送搬入費は50,000円から、取付施工費は200,000円から)