ものの後ろにある目に見えない温度
「クルミ板目材とステンレスバイブレーション5.0mmのオーダーキッチン」
沼津 M様
design:平成建設さん/Mさん/daisuke imai
planning:平成建設さん/Mさん/daisuke imai
producer:kouhei kobayashi
painting:kouhei kobayashi
「僕はあまり料理をするわけじゃないんですが、美しいかたちが好きなのです。」とご主人。
「ごめんなさいね、主人はときどき話が分かりにくくて。」と奥様。
とすてきな導入部。
平成建設の設計のOさんから、「イマイさん、またキッチンをお願いしたいのです。」と言って、一緒にいらしてくださった時の様子です。
Mさんとのやり取りはこんな形で始まりましたね。
だから、今回のキッチンのデザインは、ほとんどご主人が考えてくださったもの。そのイメージを実際になる形にプランを組むのが私の今回の仕事。
「ここはこれでどうかな、なかなか良いかたちになると思うのだけれど。」
「いいんじゃない、それなら使いやすそうだし。でもやっぱりあなたはあまりお料理しないのでしょうけれど。(笑)」
「うん、そうかもしれない。(笑)」
こういうご主人と奥様とのやり取りのなかから段々と一つの形が見え始めてきました。
ご主人の提案に対して実際にできる形を示すことで、自分に何か必要か、何を求めているのかを研ぎ澄ませていく作業、のような感じでした。
自分がどんな素材が好きなのか、金属の光沢や木の表情、家に入ると見えてくる印象。
キッチンや家具を作るにあたって、何を自分の拠り所にしていくか、とても大切です。
今回のMさんの思い描く形は,、使い方については縛られないように自由に使える形をイメージして、その造形を大切にして生まれてきた形です。
その拠り所は一人ひとり違います。
だから、同じようなキッチンや家具の形があっても、それを使う人の思いが全く違っているから、その形は全く違う形なのです。
拠り所と考えていて、以前にあった少し淋しく感じたお話を思い出しました。
今回のMさんのお話とは全く別のところであったお客様とのお話です。
そのお客様のお家は、建売ではなくてきちんと設計士さんがプランを立ててくれた家なのに、実際に入ってみると、「ここはこうしておけば良かったなあ。」って思う箇所がいくつかあったというお話でした。
その時は家具のご相談を頂いて打ち合わせに伺っていた時でしたので、そのお話をご新居で聞かせて頂いたですが、たしかにこうなっていると良かったのかもしれない、と思う箇所もありました。(ご新居のなかで、お客様と正面を向いてはなかなか口には出せなかったのですが。)
その時に思ったことが、設計ができる人が必ずしもそこに住む人の暮らしをイメージしているわけではないのだなぁ、ということでした。
設計士さんに要望をお伝えすれば、使いやすくうまく工夫してくれるはず、と、私でも思ってしまいそうですが、実際は「ここにそれをつけることはできますので、ではつけましょうか。」というように言われた要望を当てはめていくだけの設計というものもあるようなのです。
その話を聞いていると、「この広さのスペースのここに出入り口を作ってしまったら、動線が生まれてしまってこの空間が落ち着かなくなってしまう。」とか「奥さんの料理を様子をもっと聞いていたら、ここはパントリーが良かったのではないかな。」とか時には、住む人の要望を取り止めてでも暮らしやすい提案ができたのではないかなって思えたのです。
でも、結果としては、「あの時の打ち合わせでそうおっしゃられたので、こういう形にしたのです。」ということになってしまって。
(この小さな出入り口を毎日通ることを考えたのかなあ)(別のものを削ってもここに物入れを作っておかないと暮らし始めたら、散らかりがちになると思わなかったのかなあ)などを住む人の気持ちになって少しでも考えてくださったのならもう少し良い空間になったのではと思えたのです。
いろいろ設計士さんも思うところがあってこの形になったのかもしれませんが、やはり住む人にため息をつかれてしまうのは淋しいことです。
その家に住もうと思ってて家作りをお願いしている皆さんは、設計士さんの目を通して新しい家を思い描きます。
図面を見るだけでは見えない部分ってたくさんあって、それを手をつないで連れて行ってあげるように、「ここには階段がありますが、毎日上り下りする場所ですから膝がつかれないように1段の高さを少しだけ低くしました。」とか「床に座るのがお好きですか。それならリビングのこのあたりに窓をつけると周りの視線も気にせずに明るくできますよ。ソファを置いてもここなら邪魔になりませんから。」とか暮らす目線で住む人のその新しい家に連れて行ってあげたらもっと良い空間になっていたのではないかなあ、そう思えてしまったのでした。
ですので、それを逆手にとって、どうしたら住みやすいかを組み立てて少しずつ自分らしい家にしていくのも楽しさの一つです、というお話をその時はしたのでした。
そのお客様は使いにくさに焦ってしまって、住む前にここもこうして収納を作ったほうが良いかも、そこにも、あそこにも・・といろいろ悩んでしまっていたのですが、やはり必要なものって住み始めないと見えてこないものです。
ここには狭くてテーブルが置けないとイメージしていても、実際に置いてみたら、こういう暮らし方が生まれて、こういう家具が必要だと思えて来たって、時間と経験が教えてくれることってたくさんあると思います。
設計士さんが経験で教えてくれなかったことは、自分たちで時間を掛けて覚えていって、楽しい暮らしにしていくのもきっと良いはず。
お子さんだってこれから大きくなって、にぎやかに声が響いて、ここで勉強し始めて、こういうものが必要なのかもって、その時になって見えてくることがあるはず。
そうなった時にいろいろお手伝いします、だから、気分が沈んで慌てて取り揃えようと思わないで、時間を掛けて自分の家を作っていきましょう、というお話をしてことを思い出しました。
お話がだいぶそれましたが、そういうイメージって、たくさん伝えてあげることがとても大切だと思っています。
ここで何かできるか、ここでどう人が動くのか。私たちの作ってきたもの、そこで暮らしてきた人たちのお話、自分が経験したお話、それがこれから新しい暮らしを始める人にとっての大きなヒントになるはず。
そして、そこからまた新しいかたちが生まれるはずなのです。
その努力を怠っては、良いかたちは生まれないのではないかと思っております。
Mさんはそういうイメージがとても上手で、それで私はそばで一言二言お伝えする程度。そうすると、ご主人と奥様とでイメージが膨らんでは研ぎ澄まされたものになっていくのでした。
そうして今回の形ができあがったのでした。
イメージの元となったプランは、Mさんの設計全体をまとめ上げてくださったOさんのキッチン。
なんとなく思うのが、家具を設計できる設計士さんは暮らしをきちんと見つめてくれている人が多いなってことを思うのです。
Oさんはそういう暮らしまできちんと見つめながら設計してくださるので、できあがった形はやはり魅力的でしたし、今回のこのMさんの空間もとても魅力的でした。
良かった、こうして一つ良いかたちができた。
ということで、ほとんどの作業を終えて、お引き渡し後にご挨拶にお伺いしました。
ちょっとした軽作業が残っていたので、それを終えた頃、現場監督のNさんもいらしてくださってご主人とちょっとした雑談。
「Nさん、イマイさん、この度は本当にお世話になりました。ここに辿り着くまではいろいろな回り道をしましたが、こうして出来上がった家やキッチンはとても心地良くて本当に感謝しております。」と言いながらおもむろに取り出した2足の革靴。
とても繊細なデザインが施された革靴です。私たちにプレゼントしてくださるのだろうか、でも足のサイズを伝えていないしなあ・・なんて一人で勝手に思っておりましたら、
「実は私は趣味で靴づくりをしているんです。」
そういって、Mさんおもむろに正座をして、その靴をグイっと見せてくださいました。
思わず私も正座。
とてもきれいに作られている。あれっ、Mさん靴屋さんだったっけ?なんて思ってしまうくらい。
「この靴は本当は友人に送るために作ったものなのですが、この部分が自分の中でどうにも納得がいかなくて、いまだに友人には届けることができず、1年も経ってしまいまして・・。」と指さす箇所を見せて頂いたのですが、正直どこに不具合が出ているのかわからないくらい。
「なるほど、はい。」とひとまず相槌。
「だから物作りをしている人たちを見ると、素晴らしいなって思うのです。物つくりの大変さを私なりに分かっているつもりで、そのものを作り上げることに自分の思いを全力で形にしている姿を見ているとそう思うのです。」
「何というか・・、とても言葉にしづらい思いなのですが・・、こうしてとても魅力的な空間にしてくださったNさんもイマイさんももちろん全力でこの家を作ってくださったのですよね!」
おぉ、急にお説教されているような印象。
「は、はい。それは、もちろんです!」とMさんの勢いに気圧されそうになりながら答えさせて頂きました。
「そうですよね、それならとてもうれしいです。自分は、家も家具もいろいろなここにある物たちも、そのものを使うのではなく、そのものの向こうにある作り手を感じながら、皆さんの息づかいを感じながらこの家で暮らしていきたいなってそう思うのです。変なことを言ってしまってすみません。ありがとうございます。」
ということで喜んで頂けたようで、ひと安心。
と、そのタイミングでお仕事に行かれていた奥様が戻られました。
「あっ、また主人の長い話に付き合ってくださって。ありがとうございます。」
すてきなご家族なのでした。
天板 | ステンレスバイブレーションt=5mm |
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扉・前板 | クルミ板目無垢材 |
本体外側 | クルミ板目突板練り付け/クルミ板目無垢材 |
本体内側 | ポリエステル化粧板「ホワイト」 |
塗装 | オイル塗装仕上げ |
クルミ板目材とステンレスバイブレーション5.0mmのオーダーキッチン
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