北の魔女に会いに行く
「チェリー板目材とステンレスバイブレーションのオーダーキッチン」
調布 A様
design:Aさん/daisuke imai
planning:Aさん/daisuke imai
producer:kouhei kobayashi
painting:haraki tosou
たしか、キッチンカタログをご覧頂いてまもなくお電話くださったのだったと思います。
そこで何を話したのかはメールのように記録が残っているわけではないのでもう覚えていないのですが、私たちがキッチンを作ることの意味のようなことをお話ししたのではないかと、後日頂いていたメールを読むと推測されるのです。
意味っていうとなんだか堅苦しく聞こえますが、メーカーさんのキッチンは、いろんな角度からの使い勝手の良さを感じられるように機能的に設計されていると思うのです。それでも私たちにキッチンの製作をお願いしたい、と考えてくださっているということは、もちろんサイズも好みに合わせたい、ということもあるのでしょうけれど、キッチンそのものが自分の片割れ(という言い方は正しいでしょうか。)のように居心地よく使えるかどうかが一番大切な部分なのだと思うのです。自分のためにしつらえたものって、本当に美しく気持ちのよいものになるのです。
それを体現できるのがキッチンであっても良いと思います。
そして、私たちのキッチンにはその魅力があるんですよ、ってAさんは教えてくれました。
そういうお話のなかでは私は常に皆さんからいろんなことを教わっている気がします。
こうしていろんなことを見聞きすることで、私にもお話ししてくださるクライアントさんにもお互いが気付かなかった良いアイデアが浮かぶことも多くあります。
Aさんとお話ししながら、そういう見えていなかった魅力が魔法のようにどんどん引き出されていくことが不思議で楽しく、まるで毎回の打ち合わせが魔法の授業のようだったのです。
「こんにちは。」
そう尋ねると、今のほうから猛々しい吠え声が迎えてくれました。
「ああ、イマイさん。いらっしゃい。」とAさん。2階から顔をのぞかせて下さり、リビングへと案内してくれます。
犬に亀にメダカに、大きな金魚、そして軒先には巣箱まで。
「この子は保護犬でね、前の飼い主さんとは合わなかったようで、人間不信になっていたのだそうよ。それを子供が思い立って、この子は私達が引き取らないといけないって言いだして、それが縁でここに彼が居るのよ。私でもまだなつかない時があって大きな声で鳴くかもしれないけれど、びっくりしないでね。」
不思議な魅力をもったAさん。
うーん、なんだか魔法使いみたい。
「この場所はね、こうして私道のなかにあるでしょ。だから建て替えはできないのよ。それならこの場所で気持ちよく住めるように工夫したいって思って何度も手を加えたの。それで今回が5回目なのよ。」
と言って、玄関から、先日階層が終わった和室の様子を見せてくださって、そしてリビング、それからキッチンに。
少し変わった形に見えるのは部分的に改築したところがあるからで、不思議な空間が広がっています。
「この壁は取ってしまって、ここにL型のキッチンを置いて私の基地を作りたいの。でも、スペースが限られてしまうから、どうする形がベストなのか迷ってしまって・・。」
ということで、お話しをお伺いしていくのですが、Aさんの頭の中では不明瞭なのかもしれませんが、すでに形は生まれているようでして、私と話をすることでそれをより鮮明にできればあとはもう決まっていくだけなのでした。
Aさんとのお話はとても楽しく、距離があったので実際にお会いして打ち合わせできた回数は多くなかったのですが、電話やお会いしてのお話ぶりを聞いていると、ここに一緒に住んでいる彼らと同じようにAさんに魅了されますね。
「イマイさん、このあとご予定ある?もし、お時間あったらご飯食べに行きましょうよ。」
そう言って、近くの定食屋さんに連れて行ってもらったり。
「ここのオーナーさんね、元板前さんで若いのにとてもセンスがあっておいしいご飯を出してくださるの。」
昼時の混雑しているなか、Aさんが顔を出すとにっこり席が用意されました。周りは若い人ばかり・・。
私がそう思ったのが分かったのか、「若い人ばかりなのに、私ね、しょっちゅうここに来てはおいしいご飯を頂いているの。彼を応援してるの。それから、この町はとても魅力的なお店が多いのよ。もしよかったら帰りに駅のあたりを見ていってね。」
たしかに仙川の町って通り過ぎるだけで歩いたことがなかったのですが、古い街並みと若い人たちの息吹が入り混じっている印象を受けました。
Aさん、もうすぐおばあちゃんになるって言っていたけれど、うーん若々しいです。
こうして、豊かなAさんとの打ち合わせはひと段落して、いよいよその5回目のリノベーションの始まりです。
おおむね家具の製作期間は1か月間を頂くことが多いです。キッチンにしてもリビングの大きな壁面収納にしても。ただ、形が複雑になるともう少しお時間を頂いておりますが、Aさんのキッチンも約1か月去ればできるのではないかと考えておりました。
そこで、解体を終えてすぐに現地を確認しに伺いました。
大工さんの木工事がこの先1か月ほど続いたらすぐにキッチンの設置に入らないといけないので、このタイミングで現地を見ておかないと間に合わなくなっちゃう。
リノベーションは図面通りに進まないことも多くあります。現場は解体してからではないと見えてこない部分もあるし、Aさんのように改築を重ねていると当初の形から変わっている部分もあったりして、なおさら解体後の確認が必要です。
解体して初めて室内の寸法が確定できるのですが、もちろん私はその寸法を決定できないので監督さんに決めて頂きます。
監督さんも現場によっていろいろな方がいらっしゃいますが、できれば家具屋としてははっきりとした寸法を伝えてくださる方との仕事がやりやすいです。
時には、「その現状の寸法測って、そこから天井ボードと床捨て張り材と床仕上げ材の厚みを引いた寸法を見ておいて。」という形で伝えてくださる方もいらっしゃるのですが、それ以上の逃げが無い。
その寸法で作って納まるのだろうか・・、余計な厚みが出てきて入らなくなることなどないのかな・・、クロスのコーナー材だったり、左官の厚みだったり、タイルの凸凹具合だったり、監督さんは理解できていても、私には伝わっていないこともあったりします。
だから、私もできるだけ想定される逃げを見ておきたいと思っていろいろ相談するのですが、「それで大丈夫です。」って言われて、それで結局現場で調整しないと納まらなかったことも少なからずありました。
なので、最初の打ち合わせの段階で、「この部分はここからこれらの厚みが来るので、この寸法で壁を、天井を作りますね。」そうはっきり言ってくださるととてもうれしい。
そういう監督さんは、そういう形で納まるように現場をすでに見ていて、そこに向かって大工さんやほかの職方さんを動かしていく。
そういう方とお話ししているととても気持ちがよく、今回の監督さんはめずらしく女性の設計士さん兼監督さんでしたが、大胆に要領よく作業の段取りを進めてくださるステキな方でした。女性から見る細かな視点で仕上げ材の取り合い、壁の倒れとその逃げ具合などを大工さんと相談しててきぱきと寸法を出してくださって、この寸法で大丈夫です、そういってくださる姿はとても頼もしいものでした。
特に今回は、2面壁に設置する形のキッチンです。
壁の矩(かね)が出ていないと、カウンターと壁に隙間ができてしまうので、こういうL型キッチンは難しいのです。
おかげさまで安心して製作することができまして、設置の時も、形が複雑なため時間は掛かりましたが、不安なく順調に進めることができたのでした。
こうして、キッチンは完成してAさんの魔法の基地ができあがりました。
「今晩は、お疲れさまです。
バタバタしておりまして昨夜はメール確認できずに大変失礼いたしました。
本日、キッチンが完成しました!
夕方電気工事が入り、電気を点けるとまるで命を吹き込まれたようにキッチンが浮き上がって見えました!
思いどうりの素晴らしいできに大感動です!
イマイさんはじめ工房の皆さまに大感謝です!
本当にありがとうございました。」
よかった、よかった。
ここで、定食屋のオーナーさんからこっそり教えて頂いたレシピをアレンジして美味しいご飯を作っているAさんの様子が目に浮かぶのです。
天板 | ステンレスバイブレーション |
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扉・前板 | アメリカンチェリー突板練り付け |
本体外側 | アメリカンチェリー突板練り付け |
本体内側 | ポリエステル化粧板「ホワイト」 |
塗装 | ウレタンクリア塗装全つや消し仕上げ |
チェリーのL型キッチン
価格:1,500,000円(制作費・塗装費、設備機器費用は別)
*運送搬入費・取付工事費が別に掛かります。
(目安として、運送搬入費は30,000円から、取付施工費は120,000円から)