間のとりかた
「チェリーのセパレートタイプの食器棚のオーダー」
日本橋 O様
design:Oさん
planning:daisuke imai
producer:masakane murakami
painting:masakane murakami
「新築マンション(12月完成予定)のキッチン収納についてオーダーを検討しています。
標準仕様のアイランドキッチンが変更不可だったため、そのままにしましたが、
背面収納部分はフリーにさせてもらうよう交渉中です。ゼネコンが指定するシステムキッチンメーカーのものは、ほとんどが鏡面仕上げのピカピカした合板で受け入れ難く、オーダーを検討しています。」
キッチンのカタログを希望される皆さんにお渡ししているのですが、その時にご応募内容に書かれていた文章です。
これは、「この食器棚を作りましょう。」というお話しがまとまる4年前のことだったのです。
キッチンのカタログは皆さんにご自由に読んで頂くために、お渡ししているので、中にはとても丁寧にお返事くださる方もいらっしゃってとてもうれしく思ったり、とてもうれしいことにこのカタログを通じてオーダーキッチンの制作依頼を頂けることもあるのですが、大半の方はお送りしてそのままのメールのやり取りになってしまう方も多いのです。
(試行錯誤して作った手作りのカタログなので、皆さん大事に読んでくださるとうれしいなあ。ただ手作りな分、情報が足りなかったりするかもしれませんが、ご了承くださいませ。)
Oさんもカタログをお送りしてそのまま時間が過ぎていったので、4年後に突然お電話を頂いた時は、うれしかったですね。
いろいろとお話をお伺いすると、ご新居が引き渡されて間もなく、ご主人のお仕事の関係で海外に住むことになり、その間ほかの方に新居を貸すことになったのだそうです。
それで、いつか戻ってきたら食器棚をお願いしようと思い続けて、食器棚のスペースは開けたままにしておいたのだそうです。
うれしいですね。
ということで、さっそく形を考えていきます。
Oさんが考えていた形はとてもシンプルな形。扉などで中のものを隠すのではなく、「さっと取り出せるようにしたいので。」ということで、必要最小限の部分以外はオープン。カウンターの上につく棚も当初は壁に直接棚板がついているようなシンプルな形を希望されていました。
この壁に棚がついているという形は、すっきりして置かれるものも良く映えますので、美しい収納方法なのだと思います。
ただ、今回のように後から取り付けるのはなかなか難しく、たとえ壁に合板の下地が入っていても棚だけがついている、というのは私はあまりお勧めしていません。
中にはそういう施工ができるように考慮された金物なども販売されていますが、結局のところ、棚の上から強い力が掛かるとてこの原理で簡単に棚は壁からもぎ取られてしまいます。
少なくとも、棚の出の1/3くらい(例えば、棚が壁から20センチ出ていたら、6~7センチくらい)より長いもので、上方、もしくは下方に向かって伸びる腕のような補強が必要だと思っております。
そうしないと土鍋を載せたり、お皿を重ねたりして使っていると、最初は良くても次第にグラグラしてくると思うのです。
でもそうなると、すっきりとした補強金物があまり見当たらなかったり、木で作ると急にぼてっとした印象になったりするので、私はまずは棚板だけではなく、箱型にしてみませんか。とお話させて頂いております。
これは、単に強度を出す、というだけではなく、以前2、3件のお客様からご相談頂いたことがあったからです。
ご新居に最初から棚板をつけてもらっていて、下の食器棚だけを私たちが作らせて頂く、という機会が数回ありました。
その時に、下の食器棚を作るのに合わせて、上の棚を工夫したい、というお話を頂いたことがあったのです。
どういうことかというと、「最初は見た目がきれいだから棚板だけにした形が好きで使っていたのですが、やはり毎日暮らしていくと、うっすら油でべたついてきたり、細かい物を置いていると掃除がしづらくてホコリがたまってしまったり、また、毎日の暮らしの中では見せる収納ということだけ念頭に置いてしまっていて、特に取り出しやすくしたい、という気持ちはあまり多く持っていなかったので、毎日暮らしていて「見せたい。」という気持ちがうすれてしまうと、かえっていろいろしまって隠せるような形のほうがリビングから見た時にすっきり見えてよいのかもと思えるようになってきた、ということなのでした。
なるほど、皆さんいろいろな考え方があるのですね。
これは吊戸棚の下に付ける棚下照明についても同じようなお話がありました。
それはまた別の機会に。
でも、私たちが作る家具って、作ってできあがって納品したらそれでおしまいではないわけで、作ったからには何かがあれば対応できるようにずっとお付き合いが続けられるように工夫していかないといけません。
だから、これは使う人のためだけを思っているのではなく、私自身使い続けていくことで不具合が起きにくい形が良いなあという逃げた表現なのかもしれませんが・・。
そのようなわけで、箱型にするのはいかがでしょうか、とOさんにも同じ説明をさせて頂きました。
Oさん、お会いするととても目力の強く、ご自身の意見をはっきりと持っていらっしゃる方で、良い考えはすぐに取り入れて、興味がない考えはスパッと洗い流すようなお話していて気持ちの良い方でした。
そのようなわけでもちろん、箱型にすることに賛成してくださって、吊棚のイメージは当初よりも大きく変わっていったのでした。
で、写真を見て頂くとどのような形になったのか分かるのですが、私の最初のイメージはもう少し使い勝手を重視して、あまり食器をたくさん重ねることなく取り出しやすいように棚板の枚数をもう少し多くした形で提案させて頂いたのですが、Oさんはしまうことも大切だけれど、ゆとりも大切にしたい、というお話をしてくださいました。
ひとつひとつのスペースが大きく採られた吊棚の形が決まり、ダイニングから見える姿が楽しみな形になりそうなのでした。
食器棚のほうは、シンプルに必要最小限なところだけ隠すようにして、あとはゆとりをもってオープンな形に。
一カ所は引き出しさえも隙間を大きく採ったりして。
使い勝手と見た目のバランスがとても良い形にまとまっていったのでした。
「Oさんありがとうございました。
昨日の設置工事では大変お世話になりました。
とても素晴らしい出来栄えで、背面キッチンの収納というより、もはや家具を誂えたような雰囲気でとても満足しております!
早速ですが、上部棚の棚板の追加注文をお願いいたします。
5枚追加で製作いただきたいのですが、すでにある棚板より薄い物を作っていただくことは可能でしょうか?
すでにある棚板は棚の中段(真ん中の高さ)を仕切る形で設置していますが、追加の棚は収納スペース(高さ)を確保するために、やや薄いものを希望いたします。」
完成して、しばらくしてOさんがどんなふうに使っていらっしゃるかを見させて頂きました。
やはりとても美しく使ってくださっていました。
何が美しく思えるのだろうか・・。
きっとOさんが必要としているものだけがきちんと狭く肩身を寄せ合うことなく、当たり前のように座っている姿が美しく見えるのでしょうか。
きちんと各々が帰る場所が決まっているけれど、ずっとそこに居なければならないという窮屈さもなく、自由な佇まいが美しく見えるのでしょうか。
きちんと何もかもが整理整頓されて、外からは普段は全くその様子が見られないくらい物静かな印象も美しいのかもしれませんが、私は暮らしに必要なもの達が場所を与えられて丁寧にそこに座っている様が見られる方が好きかなあ。
それが美しいと感じられる要素なのかなあ。
あれから、メールで書かれていたように棚板を追加で納品させて頂いたのですが、「その棚板は薄いものを希望します。」といったOさんの気持ちは、きっと収納スペースを確保するだけではなく、あの空間にはうすい板が美しく映えることを知らずのうちに分かっていたからそうおっしゃったのだと思います。
きっとまた美しい間のとりかたがなされているのでしょうね。
チェリーのオープン棚とキッチンカウンター
価格:550,000円(制作費・塗装費)
*運送搬入費・取付工事費が別に掛かります。
(目安として、運送搬入費は22,000円から、取付施工費は30,000円から)