花咲くあしたへ
「ナラ節アリ材とアイアンフレームの食器棚のオーダー」
杉並 O様
design:Oさん
planning:daisuke imai
producer:hiroyuki kai/kenta watanabe
painting:hiroyuki kai/kenta watanabe
「引越し予定の家のダイニング壁面に置く家具のことでご相談させてください。
家具の種類にボードを選びましたが、ボード+シェルフが欲しいと思っています。
キッチンの収納が足りないので、キッチンに連なる左側がキッチン関連用品と食器を収納する棚と引き出し、その横に本を収納する棚。
家具の雰囲気としてはHPの制作例ではキッチンのところにありますが、「ふだん作りの手の跡を残して」のような、節ありのナラ材とアイアンをイメージしています。ハンドルはKUMAさんのものが希望です。
考えている家具の形を描いたものを、あまりに下手な絵でお恥ずかしいですが、添付します。絵では一続きの家具のようですが、ボードとシェルフが分かれていたほうがいいかなと考えています。
2枚目の写真は設置場所です。床はやはり節ありのナラ材。現在手持ちの家具はダイニングテーブル、ソファともにウォールナットなので、木材の種類は少し迷うところでもあります。
引越しは、特に期限はないものの、今のところ5月中を考えています。
お便りする前にHP内、たくさん拝見させていただきました。どれもこれも素敵な家具とエピソードばかりで次々に読んでいたら、なかなかメールが書き始められませんでした。中でも好きなのは、「北の魔女に会いにいく」です。いつかこんなキッチンをオーダーしてみたい・・・!」
Oさんからスケッチと温かくなるメールをいただきました。
それはちょうど3月のことで、つい先日、私が出席できなかった長女ハルカが無事に中学校を卒業した月でもありました。
この2020年の冬から春にかけては、あの10年近く経とうとしている大震災の時に起きた計画停電のような前がぼんやり見えない、どこか耳が遠くなるような気分に包まれていたのです。
町には普段のように明るく快活に動こうとしているけれど、じっと見ているとみんなどこかで不安な気持ちが見えるようで、急な静けさが何となく怖かったり感じていた時期でもありました。
そう、コロナウイルスによる体調の悪化というよく自分にも理解できない病気が広まっていたからです。
私たちの中に体調を崩した者はおりませんでしたが、進めるべきはずだった仕事が途絶え始めた時期でもあり、どうにもできない不安の霧のようなものが私を包んでいた時でもありました。
そのような時期に温かなメールを頂くことがどれほど心強かったか。
どこかで誰かがきちんと見ていてくれる安心がどれほど心強かったか。
さっそく私なりの形を提案させて頂いたのでした。
「素敵なスケッチありがとうございます!
せっかくメール頂いたのに、お返事がおそくなりまして申しわけありません。
コロナのことなどで生活がワサワサとし、未来の計画を前に進める気持ちが少し弱くなってしまっていました・・・。
いや、でもやっぱり美しい家具での新生活を思い描いて奮い立たせます。
さて、スケッチしていただいた家具ですが、イメージはまさにこんな感じです!
それからもう1つお願いなのですが、キッチンのカウンターの下に文庫本がぎっしり収納できる本棚を造作していただきたいのです。
スケッチはないのですが、つくっていただきたい場所の写真を添付いたします。併せてどうぞよろしくお願いいたします。」
とあらためてうれしいお返事を頂けたのでした。
その形を元に食器棚となるダイニング収納と本棚の制作のご依頼を頂けることになりまして、スケッチを基に図面を作成していきます。
細かい数字が入ると、具体的に自分がどのようにこの家具を使いたかったのかがよく分かってきます。
それと、私は普段1/20というスケールで図面を描くのですが、そのスケールって、実際に目で見る印象に一番近いのではないかと思っているのです。(ほんとうかなあ。)
椅子などは1/10で描くことが多いのですが、すこし間が抜けて見えちゃうことが多いのです。
あれ、こんなにスカスカな印象だったかなあ、という感じ。
でも実際に作ると、そんなことはなくて1/10や1/5くらいのスケールになると、もう少し木目やら張地の様子やらを具体的に書き込まないとかえって想像しづらい線だけの集まりに見えちゃうって思うのです。
以前、製図を習っていた時にウェグナーの図面を椅子の模写する授業があったのですが、ペーパーコードの印象や木材の曲がり具合などけっこう書き込んだ覚えがあります。
しかもあの頃はまだ製図板とT定規を使った手描きで。
でもできあがった図面は味わいがあって、それぞれ周りのみんなの人となりが分かったものでした。
今はなかなかそこまで取り組むことは少なくなってしまったのですが、その代わりに1/20というスケールはそのあたりを細かく書き込まなくても、イメージがしやすいサイズだったりするのです。(個人的な感想なので、それほど真に受けないでくださいね。)
で、その図面を見て頂いて、収納部分のサイズ感やアイアンの角パイプの太さや素材について検討していきます。
そして、大きな変更がもうないかな、というころ合いでご自宅まで伺わせて頂きました。
頂いた住所を訪ねると、古い味わいのある建物。2階建てで横に何戸もつながった集合住宅。東京の幹線道路沿いは比較的古い町並みが多く残っていて、こういうすてきな建物がまだあるのだなあとうれしくなる佇まい。
「魔女の宅急便」でキキとおばあさんがニシンのパイを焼いていたあの家のような感じ。
「こんにちは。」
まだ日常的にしなれないマスクに息苦しさを感じながらご挨拶。
「こんにちは、イマイさん。いらっしゃいませ。」
Oさんの奥様にご案内いただいたリビングは2階。不思議な建物。テラスハウスというのでしょうか。
「こんにちは。」
奥から現れたのは、黒い革ジャンに黒いマスクでロマンスグレイの少し長めの髪をしたご主人。
おぉ、何だかお二人ともとても雰囲気のあるご夫婦。モデルさんなのだろうか‥。
室内はリフォームされたということで(あとで聞いたらずっとこの家に住みたいって思っていたのだそうで、空きが出たタイミングでそれって思ってここに移ったのですが、その時にはもうリフォームされた後で所々自分のイメージと離れた部分があって、建物がすごく好きでも少し内装で心残りがあったのだそうです。)グレーの壁の色やフレキシブルボード貼りの壁に、電気配線は電線管が壁に回してある少し武骨な印象の仕上がりになっている室内。
雰囲気のある室内です。
「こんにちは。」
ご主人と一緒にお嬢さんも。中学校が休校ということで、家具が好きだというお嬢さんも交えて、4人で打ち合わせ。
すると、Oさん夫婦よりも、お嬢さんのほうが意見が強い・・。
「ここはこうしたほうがすてきだよね。」「ああ、これだと格好いいなあ。」と元気はつらつとした印象。
私はいろいろと縁があって、小学校や中学校で学校の役員をしていたのですが、子供たちの無邪気というか真っすぐな感覚ってやっぱり元気が出ます。
今年はハルの卒業式だから、がんばってこういう話をしてみようか、(なぜか、マトリックスという映画に出てくるオラクルというキャラクターが話す「選択する」ということについてお話しようと思っていたのです。ちなみにその時の話はここに書いてあったりします・・「おめでとう、ハルカ。」)なんて年末までは緊張しながら少し楽しみに考えていたのに、最後にみんなの顔を見られなかったのはとても残念で淋しかったのです。
でもこうして若い子供たちの感覚は屈託なくストレートに飛んでくるので、やはり力を頂きますね。
「あなたが主に使う場所じゃないんだから、お母さんに考えさせてよ。(笑)」とみんなで楽しそうに豊かに話し合いが進んでいきます。
この新居にはまだお引越しされていないので荷物がなく、実際にどのように使いたいかを「よかったらイマイさん、自宅に立ち寄っていってくださいますか。ここからほど近い場所ですので。」とお招きいただいて、
ご案内いただきました。
その案内もお嬢さんが自転車で先導してくれて。ご主人は先に戻って、奥様は戸締りしてからいらしてくださって。
ほどなくして、自宅に到着。
あれっ、この集合住宅、どこかで見たなあ・・。
エレベーター下りた廊下には全部窓ガラスがついている印象、どこだっけなあ・・。
と、記憶がするすると昔に戻っていきます。20年近く前だったかなあ。
当時私は家具や建築やインテリアデザインの夜間専門学校を卒業した頃で、その同級生がこのマンションに住んでいたんだった。
ここでみんなで夜お酒飲んだっけなあ。
トイレが真っ青で、キッチンにシナの有効ベニヤ張ったりしてあって、部屋の中央には拾ったんだというとても趣のある本革のソファが置かれていて、不思議な住まいだなあと思ったものでした。
みんなとは今でも年に一度くらいは顔を合わせていて、建築やインテリアの道に進んだ人もいれば、まったく別の世界で頑張っている人もいたりで、楽しくつながっているのです。
そのマンションにまた来られるなんて面白い巡り会わせ。
「お邪魔します。」
おぉ、同じ間取りだ。でもOさんのところはもう少しモダンというかスッキリした印象で、赤いキッチン(だったかな)がとても印象的。
そして、本がたくさん。
うれしくなっていろいろとこの集合住宅の話を聞かせて頂いて、しまいたいものを打ち合わせるというよりはその思い出話をいろいろ聞かせて頂いて帰ってきたのでした。
そして、細かい部分を修正して図面をあらためてお送りします。
「こちらこそ、先日は遠くまでお出でいただき、ありがとうございました。
ご友人が、過去にここに住んでいらっしゃったとのこともうれしい偶然でした!
現地で直接お話しさせていただいて、何となくイメージしていた家具が具体的な像を結んで、また、ぼんやりこんなものかなぁと思っていた文庫棚にも想像以上の形を提案していただいてことで、引越しに対して少し停滞していた気持ちが、一気に上向いてきました。ありがとうございます。」
と気持ちの良いお返事を頂いたのでした。
そうして、形が決まりましたので、制作に取り掛かります。
アイアンはいつものオヌマさんにお願いします。
オヌマのタカハシさんと知り合って、もう6年。やはりハルが小学校の時に学校のお手伝いをしていて知り合ったのでした。
こうして考えると、学校って子供だけじゃなくて大人も学べることや出会えることがあるのだなあとしみじみ思うのです。
ダイニングの食器棚兼本棚はカイ君が担当し、コンパクトな本棚はワタナベ君が担当することに。
どちらもシンプルな家具ですが、細かい納め方を考えていくとなかなか時間が掛かる作りになっているのです。
タカハシさんの部材ができあがったらそれに合わせて、板を欠き取っ足り細かい細工を施して完成。
ワタナベ君のほうは、木組みの構造で強度を出す形でしたので、精度より接合部分を欠き取って加工をしていきます。
シンプルな形になればなるほど逃げが無いので、じっくり進めていくのです。
そうして、春から梅雨になろうとする時期に完成。
そして納品です。
二階への搬入はいつも心配が付きまとうのですが、今回はどうにか無事に階段からすべて荷揚げすることができて、3人が見守るなか、取付も大きな問題なく設置できて夕方になる前には無事に設置完了。
きれいに納まりました。
「先日は、家具の搬入ありがとうございました。
設置していただいているときから大興奮の私たちでしたが、その後も、食器を入れ、本を入れして、階段を上がってくるたびに皆で口々に「わぁ、いいねぇ、かっこいいねぇ」と言い合い、うっとりしています。
部屋にぴったりのサイズの家具が入ることの気持ちよさ!
想像以上の素敵な仕上がり!
オーダー家具は決して安い買い物ではないですが、本当にいい贅沢ができたなあと心から満足しています。」
そしてね、そのあとにOさんからとても素敵なお話を聞かせて頂いたのです。
私たちがその人の心地良く暮らすことができるような家具を作っているだけではなく、その先の家具が置かれたことで生まれるみんなの思いも作っているのかも、という本当に照れくさいですが、うれしいお話でした。
そのことがあの時のブログに書かれています。
もし、興味があったらご覧くださいませ。
「紫陽花咲く場所へ」
「きょうはどうもありがとうございました。
また、我が家のことを素敵なブログに書いていただいて。
娘に起こった変化を、イマイさんが書いてくださった文章であらためて読んで新たな感動がありました。
豊かな生活空間(もちろん広いという意味ではなくて)を子供たちにプレゼントすることができて本当によかった!
イマイさんのお仕事、本当に素敵なお仕事ですね!」
ちょうどこの文章を書いている頃、Oさんのお嬢さんは中学校を卒業するころだと思います。
世の中には目に見えない不安な気持ちもいろいろあると思いますが、若い力は真っすぐな視線を持ってきっとしっかりと前を向いて花咲く明日に向かって進んでいくことでしょう。
そして、私たちはその明日咲く花を見てまた憩うことができるのです。
アイアンフレームとナラ節アリ材を使ったダイニング収納
価格:690,000円(制作費・塗装費)
タモの本棚
価格:175,000円(制作費・塗装費)
*運送搬入費・取付工事費が別に掛かります。
(目安として、運送搬入費は20,000円から、取付施工費は30,000円から)