音がうまれる部屋
「節のあるナラのテレビボードのオーダー」
都内 T様
design:kouichi tsutaya
planning:kouichi tsutaya/daisuke imai
producer:kouhei kobayashi
painting:kouhei kobayashi
もういくつ寝ると、お正月と言う仕事納めの前日にご相談のメールを頂いたのです。
「初めまして、株式会社ナイポジの蔦谷ともうします。
インターネットで貴社を見つけまして、作りたい家具についてお見積もりのご相談させてください。
上記のような家具を作りたいと思っております。
左右の棚下段にはレコードをディスプレイできるようにし、左の上段は引き戸にしてCDやDVDなどを収納できるようにしたいです。
左上段には取っ手がついてますが、プッシュオープン型のスライドレールでもいいと思っています。
左はDJブースになるようなイメージで、右の天板にはキーボードや機材を置くイメージです。
搬入先の入り口が狭いので棚は6分割して、天板を2枚、そして右の棚の上の2段ラックは現場で組み立て、というイメージなのですが、
これを作ると金額はいくらくらいになるでしょうか。
無垢材は高いのでフラッシュ家具にしたいと思っています。
表面のイメージは古材の雰囲気が出るといいですが、ウォールナット突版が現実的かと考えています。
以上、ご回答お願いしたいです。
よろしくお願い致します。」
私は、会社さんからの依頼とお客様本人から依頼だと、やっぱりその人自身から依頼される方がうれしいのです。会社で使うものだと、家具は家具でも備品のような気持ちになっちゃうこともあるし。
だから、最初はこのメールと一緒に添付されていたスケッチを見て、インテリア関係の事務所さんからの依頼かなって思っていたのです。
「フラッシュ」って言葉を知っている人ってなかなか少ないですものね。
*フラッシュ家具、フラッシュ構造の家具とは、木を切ってそのまま使うのではなく、内部は角材を使って必要な大きさの枠を組み、必要な箇所に角材を入れて、表と裏からうすい仕上げ材を圧着して作る板を使った家具のことを言います。
木を切ってそのまま使う無垢材と違って、内部が中空構造になるので、軽くて、反りが出にくい板にすることができ、無垢材そのままの仕上げとはまた違った良さがあります。
そこでまずは、御見積の金額をお伝えすることにしました。
「はじめまして、お問い合わせありがとうございます。フリーハンドイマイの今井大輔と申します。
このたびは家具のご相談ありがとうございます。
さっそく概算金額をまとめましたのでお知らせ致します。
【詳細】
・素材はブラックウォールナットで考えております。
*また参考までに、普通のクルミも節や黒いシミのような斑点が入る素材で、古材のように見えますので、最近よく使用しております。
こちらの素材も良い表情に仕上がると思います。
クルミで作るようでしたら、ブラックウォールナットより少しコストを下げることができます。
クルミの家具たち
http://freehands.exblog.jp/23298071/
http://freehands.exblog.jp/23266920/
http://freehands.exblog.jp/21715697/
http://freehands.exblog.jp/21971100/
カウンターとなる天板のみブラックウォールナットの無垢材を使用し、そのほかの家具の外側は、ブラックウォールナットの突板を使います。
また、扉を開けた内部はコストを抑えるために、ポリエステル化粧板で考えました。ポリエステル化粧板の濃茶や黒色などを使用しても良いかと思っております。
塗装は、ウレタンクリア塗装で考えておりますが、オイル塗装仕上げでも良い場合は、少しコストを下げることができます。
引き出しですが、引き出し自体はシナ合板(明るい白っぽい木)で作り、正面の前板のみブラックウォールナットで作ります。
引き出しのスライドレールは、ご要望の通りにプッシュオープンタイプのスライドレールで考えております。
最下段の扉ですが、額縁のような四方枠にガラス、もしくはアクリルをはめ込んで扉の裏から、レコードジャケットを、ラーメン屋さんの岡持ちのように上からスライドして落とし込むようなディスプレイ方法で考えております。
この扉も押すと開くプッシュオープンタイプで考えております。
家具製作のご依頼を頂けます場合は、設置場所の確認と採寸、搬入経路の確認などにお伺い致します。
もし、ご依頼を頂けます場合は、私たちのほうで家具製作図面を作成し、細かい部分について打ち合わせさせて頂きたいと思っております・・・。」
このような感じで金額と一緒にお伝えさせて頂いたのでした。
すると、さっそくお返事を頂きました。
「さっそくの返信、ありがとうございます。イメージがしやすい参考画像と、概算見積もりもあるので非常にわかりやすいです。
こちらの事情ですが、何社かに見積もりを依頼していまして、年明けまでには決定したいと思っていますのでその際はぜひともよろしくお願いします。」
そうですよね、やはり会社で使うものだとコストが最優先になりますものね。
コストで考えると、もっと手ごろに作ってらっしゃる家具屋さんもあるし、ご依頼頂くのはなかなか難しいかなぁ・・。
などと思っていたのですが、年が明けた3週間後くらい経った頃に、「大変連絡が遅れて申し訳ありません。全ての見積もりが揃い考慮した結果フリーハンドさんでお願いしたいと思っています。」とご連絡を頂いたのです。
おぉ、うれしい。
それでは、さっそく詳細な図面を作りましょう。
図面を作成して、それを見て頂いて、そして、そのスタジオを見せて頂くことになりました。
今回は置き家具なので、必ずしも現地を見なければ作れないものではないのですが、やはりどのような人がどのような場所で使ってくれるのか事前に知っておきたいし、蔦谷さん(お名前OKと言ってくださいました!)から搬入がかなり困難で、細かく分割して作らないとダメかも、と言われていたので、必ず見ておきたかったのです。
そしてこの頃にナイポジの蔦谷さんが、とても有名な音楽のプロデューサーさんなのだということを知ったのでした。
そして、今回使うこの家具は仕事で使うには使うのですが、自分のあたらしいスタジオに置いて、もっぱら自分が使うための家具なのだそうです。
てっきり会社で使うものとばかり思っていたのと、とても名前の通ったかたが私たちを訪ねてくれたということで、気分が高揚こうよう。
そして、さっそくスタジオに。
「はじめまして、蔦谷と申します。」出迎えてくださったのは、私と同じ年くらいの優しそうな男性。ホッとひと安心。
そして、スタジオに。スタジオは地下にあるので、ぐるっとちょっと狭い階段を下りていかなければいけない。たしかに搬入はちょっと不便そうです。
階段と入り口を測って何となく問題なさそうなことを確認した後は、細部の打ち合わせ。
いろいろとお話を重ねていって、素材やイメージが明確になっていきます。
最初は、ターンテーブルのオーダー専門店に依頼しようと思っていたことや、もっとラフな素材(スギの使用済み足場材を使ったもの)をイメージしていたことなど。私たちはあまりラフな仕上げをし慣れていないこともあって、このところよく使い始めた節のあるナラ材や少し枯れた印象を持つクルミなど、私たちのできる味の出し方を説明させて頂き、ひとつの方向が決まったのでした。
「ここからいろんな音楽がうまれる、その傍らでその瞬間を見守る家具になってくれたらいいな。」
そして、さっそく製作に取り掛かります。
ラワンランバーコアを下地に箱を組み、そこに節アリナラ材で囲う、と言う形で作ることに。
無垢だけで組み立ても良かったのですが、今回は大きく箱にしてしまうと搬入が無理でしたので、ある程度細かく分けた時に少しでも軽く低コストにしたいということで、通常は下地材になるラワン材を内部に使い、外側にナラ材を使ったのです。
そして、ある程度できてそろそろ塗装に入るところでお約束どおりに蔦谷さんに来て頂くことに。
お仕事の合間を見て、今とても勢いのあるバンドの方も一緒にいらして下さいました。(わたくし、バンド名を教えてもらうまで気が付きませんでした。すみません・・。)
二人とも家具を見てとてもニコニコ。「すごいね!かっこいいね!」
こんなに喜んで頂けるなんてうれしいなあ。隣で製作を担当したコバヤシ君も照れ笑い。(彼も、この工房の中で一番の若手なのにこのお二人がどのくらい有名なのか知りませんでした、すみません・・。)
そして、工房を見て頂いている時に、「あっ、これすごい格好良い!」と二人で何やら話し始めたのです。
お二人を見るとどうやらプレス機の前の板が気になるらしい・・。
「イマイさん、こういうのいいですね。この時間が経過した様子がそのまま表現されているというか。」と言って見つめているのは、合板。
板作りの時に重しにしたり、ルーター加工する時に下に敷く板たちです。
蔦谷さんたちが気になったのは、そのルーターのビットで表面がグルグルと削り取られた合板でした。
「これ、ですか・・。」
「そう、これ!すごく良い!」
ものの見方というのは、本当にいろいろあってそこにあるそのものがどのように相手に伝わるかで、見方がまったく変わってきてしまいます。
私たちにとっては、この板は家具を構成する部材を作るための道具のひとつでしかないのですが、ある人にとっては、そのクラフトマンが過ごしてきた軌跡がここに刻まれているただ一つしかない証と見えてくる。
仕上がりのきれいさももちろん大事ですが、その中にある手の跡がはっきりと残っている形、存在がしっかりと分かる形、そういうものがきちんと評価される時代なのでしょう。
その人が作る、ということがとても大事な時代なのでしょう。
いろいろなものが昔に比べて手軽に手に入れることができるようになった反面、どのようなものでも簡単に作ることができるように感じられる反面、こういう手で作り出すものがより輝いて見える時代なのでしょうか。
うれしいけれど、ちょっと寂しくも感じるのですが、目の前で蔦谷さんのようにきちんと評価してくれるのはやはりとてもうれしいことなのでした。
「良かったら、差し上げますよ。だいぶ傷んできて使いづらくなってきているので、そろそろ新しい板に交換しなければいけないって思っていましたので。」
「本当ですか!うれしいなあ。」
納品後日、お便りが届きました。
「以前言っていた雑誌ですが、sound&recordingマガジンというマニアックな雑誌です。
電子版ではスタジオが360度見れます!
いただいた合板も飾ってますよ^ ^」
納品したオーディオボードと同じくらい気に入ってくれるなんてうれしいことです。
それから、塗装の入る時に見に来て頂いた時に、こんなこともありました。
「イマイさん、実は今日の夜生放送なんですよ。もし、良かったらこのお話を少ししてもいいですか。」って。
もちろん、その夜は私も妻もラジオに静かに耳を傾けておりました。
いろいろと携わっている音楽の紹介の中、不意に私たちの今日の出来事に触れてくださいました。ものを作ることの良さ、ものができあがるまでの過程の良さ、今日体験してくださったことなど・・。
うれしくて、ラジオに向かって照れ笑いしましたね。
蔦谷さんも音楽と言う物づくりを、私たちは家具と言う物づくりを、それぞれの場所で営んでいる。
実際はもっといろんな人にその機会が生まれると良いのだけれど、その時間も場所も少なくなってきているように感じて、生み出すことや生み出す人がとても重宝されてしまうことがある。
家の軒先でできあがる本棚や、屋根の上で生まれる口笛のように、本当はものごとってもっと身近なところで生まれてほしいなあ。
この蔦谷さんのスタジオは、そういう家の片隅に居るような温かな場所でした。
だから、生まれる音楽はきっと心地良いのでしょう。
節のあるナラのテレビボード
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