ゆっくり届くご飯の匂い
「ナラ柾目材とステンレスバイブレーションのオーダーキッチン」
武蔵中原 F様
design:Fさん
planning:Fさん/daisuke imai
producer:kouhei kobayashi
painting:Fさん
Fさんとは、いろいろとお話をしたように思えます。
どちらかというとそれほど広くはないキッチンのスペースに作られた形は、はっと大きく目を引くほど独特の形でもないですし、どちらかというと選んだナラの柾目というおとなしい表情もあって控えめな印象。
でも、ここに辿り着くまではいろいろお話をしたなあ。
「はじめてメールさせていただきます。Fと申します。
過日は、すてきなカタログをお送りくださり、有難うございました。メールもいただいていましたのに、すっかりお礼が遅くなり、大変失礼いたしました。
中古マンションを購入してリフォームを検討し始めたときに、インターネットで今井さんのキッチンを知り、すっきりしたデザインながらあたたかくどこか懐かしい雰囲気に惹かれ、飛びつくようにカタログをお願いさせてもらっていたのですが、キッチンについてどう考えたらいいのかなかなか考えをまとめられずご連絡できずにいました。
設計は建築家をしてる大学時代の友人に頼んでいて大まかな図面ができた段階です。現状、他の間取りとの関係もあってキッチンが独立型になったので、どこまでこだわっていいのか迷いもあります。
また、普段は仕事をしながらの家事なのでお料理に時間をとれずにいますので、今はなかなかゆっくりキッチンに立てずにいますが、母や祖母がご飯をつくってくれてきた感じを大事に、私も先々娘二人にその雰囲気を伝えていけるようなお台所を考えていければと思っています。
ただ、そんな私に贅沢なことかなと迷いもありまして。けれどキッチンを探すと立ち止まるのはどうしても今井さんのキッチンで、パンフレットをめくるたびに諦めきれない思いが残り、やはり一度ご連絡してご相談を、と思い立ちメールさせていただいた次第です。
まずは納期のタイミングがあうかどうかおうかがいしたく、ご検討いただけましたら幸いです。」
うれしく愛情あふれる文面。
まずは、Fさんのイメージを聞かせて頂きたいと思いまして、スケッチを送って頂けるようにお願いしたのでした。
ここでは何度も書いているかもしれませんが、私はゼロの状態から物を考え出すことがたいへん苦手なのです。ある条件、ある環境、いろいろな状況があって物は必然的に生み出されると思うわけでして、なかなか情熱的に何かを生むことが苦手なわけです。
「イマイさんの考える形が好きです。」
そうおっしゃってくださる方も増えてきております。うれしいことです。
でも、自分自身、何か自分らしいかたちかなんて四半世紀近くこの仕事を続けてきてもよく分からないまま今があるわけでして、だから相変わらず家具のご相談の時には皆さんからいろいろとイメージをもらっているのです。
それにせっかく作る家具ですから、一緒に考えたいですし。
「イマイさんにすべてお任せします!」なんて言われたら、きっと延々と考えて仕事にならなくなってしまうわけです。
そのようなわけで、Fさんからスケッチが届くのを待っておりました。
スケッチを待っていたり、そのスケッチや文面を見てその人を思ったり。
人って思いを巡らせて気持ちを豊かにすることで向上してゆけるすてきな考え方があって。
今は俗にいう目に情報がダイレクトに飛び込んでくるから、昔ほど情緒が感じにくくなったというようなお話にもあるように、昔は得られる少ない情報、そこに書かれる文面、文体、筆跡などから相手の思いを自分で豊かに膨らませる楽しさや喜びのようなものがたくさんあったと思います。
先日、娘の学校からの案内である講師の先生のお話を聞く機会がありました。
「思春期の子どもとのコミュニケーションの上手に取りましょう。」という題目で、子供に限らず人と接する時に何を思って話をすると良いのか、ということを厚く関西弁を交えてお話して下さいました。
その時におっしゃられていたのは、自分の気持ちばかりを押し付けない、過剰に期待しない、ということをおっしゃってました。
うむ、よく言われることです。
で、実際に先生のエピソードを聞いて、なるほどと思いました。(引用しちゃって良いのかな。)
先生が仕事で遅くなる日の朝に、娘さんに「今日私は仕事で遅くなるから、夕ご飯はお鍋にしようと思っているからお鍋の用意しておいてくれる?」とお願いして出掛けたそうです。
そうして、帰ってくると、テーブルの真ん中にドンとお鍋が置かれていて、当のお嬢さんはすっかり別のことに夢中になっていたそうです。
それを見た先生が、「なんで、お母さんがお鍋の用意してってお願いしたのに、なにも用意してくれていないの。」と思わず大きな声で言ってしまったそうです。
先生は、てっきりお鍋なら野菜やお肉を切っておくだけだから娘さんでもきちんと準備できるだろうと思っていたのだそうです。
でも、お嬢さんの言い分も面白い。
「だって、お母さんはお鍋の用意をしておいてって言っただけじゃない。私は、わざわざ椅子を持ってきて、あの高いところから重たいお鍋を下ろしてテーブルに用意したのよ。」と。
ふふふっおもしろい。
そこで、「先生なんでこんなことも分かってくれないの。」と言ってしまったかどうかは、忘れてしまいました。すみません。
でも、そのあとに言っていたことをよく覚えております。
自分がどうしてほしいと思っていても、その思いはきちんと伝えないと分からないって。
こういうふうに意見がこじれた時には、自分が「なんでっ」って思うのではなく、「もっとこういうふうに伝えればよかったかな。」と1歩引いて相手を思って考えることが大事ですって。
それを聞いて、あぁ、愛だね、って思いました。
今の世の中、いろんなことが簡単にできるようになりました。自分ひとりで生きているって気持ちになってしまえるようになりました。
でも、本当はその陰で支えてくれる人がいて、その力があることを俯瞰してみるとよく分かるはずなのです。
そういう気持ちに支えられていることを理解しつつ、自分も相手を思う気持ちを持つことが、愛だよね。
とお話がそれてしまいましたが、皆さんから頂く愛があふれる文章やスケッチを見て、ああ、こういう形にしたいなって気持ちがモクモクと湧いてくるのです。
そして、Fさんから届いたスケッチと文章を見て、原案となる図面を作ってお送りしました。
そうして、Fさん形を探す物語の始まりです。
こういうと大げさに聞こえてしまいますね。
でも、少し乱暴なお話ですが家具なんてどのような形でも使っていくことはできるのです。すぐ外で出れば手ごろな価格で手に入れられる家具を販売しているお店もありますし、キッチンメーカーさんの細かいところまで行き届いた設計のキッチンも手ごろな価格で手に入れることもできます。
それでも、私たちに声をかけてくださるには、きっと大きな理由があるわけです。
その理由を相談してくださる方ご自身も気が付いていないことがあったりする。それはなんだろう、って一緒に探すきもちの旅のようなものです。
右や左を向いたりしながら前に向かって進んでいくのですが、時には後ろを振り返ったりして、自分の中の暮らすということがどういうことなのかを見つめていく旅です。
「あぁ、こういうふうに今まで自分は思っていたのだ。」
「こういう色が好きだったのだなあ。」
自分の過ごす毎日のなかでは、あまり気に留めていなかったことが一つずつわかってくるにつれて、
「そうか、それならこうしたい。」
って気持ちがモクモク湧いてくるのでしょう。
「イマイさん、やはりここはすみませんがこうして頂きたいのです。」
皆さんからこうした言葉をよく聞きますが、いいのです、いいのです。それに気づいたのでしたら私の仕事はとてもうまく進んでいる、ということなのだろうと思っておりますので。
家具をご依頼くださる皆さんは、いろいろな思いでいろいろ形を迷いながら最後に一つの形に辿り着きますので、いろいろ迷って頂いて大丈夫です。
こうして、Fさんの形はまとまっていったのでした。
今回は、マンションをスケルトンにしてリノベーションを行なう予定です。
その設計はFさんのご友人の小池さんがまとめてくださって、施工は、偶然にも以前葉山のOさんの施工をして頂いたダブルボックスさんでした。
あの時は、ちょっとおっかなそうだった灰田さん、今回は解体当初からお世話になり、いろいろとお話を聞いてみると、施主さんの考えにも親身になってくださり、私たち新参者の施工については親身になってくださって、とても作業のしやすい環境を作ってくださったことをとてもありがたく思っております。
今回はその灰田さんは総監督という立場で、監督さんは物腰穏やかな細川さん。現場の空気は監督さんが作り出すものですので、その人柄が現場ごとによく現れます。
ですので、今回はそのお二方が仕切るということでとても仕事のしやすい現場だったのでした。
解体が終わって間もなく、Fさん、設計の小池さん、ダブルボックスさん、設備屋さんとで打ち合わせです。
キッチンの打ち合わせも、今回は元のキッチンの間取りを変えることもあって、配管の取り回しなどが多少シビアになります。
設備屋さんが難しい納まりを丁寧に教えてくださって配管もクリアになり、キッチンの寸法も現場の寸法が確定しましたので、これでプランがすべて決定。いよいよ製作に取り掛かる段取りです。
今回の製作は、コバヤシ君が担当します。
今回は、いつも作っているペニンシュラタイプのキッチンと違って、独立した部屋にキッチンを据えるということもあり、現場の間口とのかかわりが緊密だったり、また吊戸棚の扉で天井から出ている躯体の梁型を隠すようにするなど、少し変わった作りになるので、細かい納まりに気を付けながら製作を進めます。
そして、夏の終わりのまだ暑さが厳しい8月30日、いよいよ取付です。
独立したキッチンの場合は、手前に荷物を広げづらいため、現場で作業される職人さんが少ない日を設定して頂いて、リビングあたりにずらりと店を広げさせて頂いて作業開始。
夕方には、おおよその目途がついてその日の作業は終了。
あとはまだ現場に入っていなかったレンジフードが届くタイミングにあわせて仕上げの作業をして完了の予定です。
「本日は、猛暑のなか、有難うございました。夕方、術前検査を終えて娘と一緒に少し現場に立ち寄りました。
娘にも、みなさんが作ってくださっているところを見せたいという気持ちもありまして、でもお邪魔してしまったかもと、あとから反省しています。
小林さんはじめ、スタッフのみなさん、暑さのこもるあの場所で、丁寧に取り組んでくださっていました。
どうぞ、くれぐれもお礼をお伝えくださいませ。
今朝、先に現場に到着したときに、置かれた家具をみて、つい撫でてしまいました。使い始める日が、もうすぐ近くまで来ていると思うと、わくわくします!」
そして、いよいよ仕上げ。
すべての作業を終えて、今回は塗装の作業をご自身で行なってくださるFさんにオイル塗装の進め方をレクチャーして、作業は完了。
皆さん、大変お疲れさまでした。
無事に納品できてひと安心です。
「おかげさまで、本日、無事に引き渡して頂きました。
結局、二回目の塗装は二日にわたってすることになりましたが、最後は娘にも少し手伝ってもらって引出や扉を一緒につけました。
長女はもうすぐ6歳なので、きっとこのことをずっと覚えてくれることと思います。
今日引き渡しのときに、ダブルボックスさんから、「キッチンいいですねぇ」と、シンクの下をみてここも綺麗に収まっていて工夫していただいたんだね、と。
今井さん、小林さん、スタッフのみなさんが、丁寧に一つ一つ作ってくださったこと、塗装をしながらよく感じていたので、それが皆さんにも分かってもらえることがうれしいです。
最後、すべてができあがって、あぁ、これからこのお台所でどんな時間が流れるんだろう、と、じわじわと思いが湧きあがってきました。
楽しい時も、嬉しい時も、悲しい時も、怒っている時も、この台所だったらその記憶をちゃんと刻んで家族の時間を積み重ねてくれるなぁ、と、本当に楽しみです。
独立型は、あまりはやらないし、せっかくオーダーするのに隠れたところは、と設計段階では迷いもあったのですが、母の台所も祖母の台所も独立型でしたので、ちょっと離れているところにこもっている母や祖母の気配、包丁の音、ゆっくりとどくお料理の匂い、そういう気配がよかったな、と、そういう感じを娘たちにも伝えらえるといいな、と。
仕上がってみて、基地みたいな感じがして、とても気に入っています。
堂々とリビングの真ん中にあるキッチンも素敵ですが、ちょっとひっそりしているキッチンも「お台所」という感じ、特に今井さんの作品だからこそこの雰囲気がでるんだと嬉しいです。
今井さんのパンフレットを手にした日からずっと憧れていたキッチンが目の前にあることが、なんとなく最初現実味がなくて夢心地だったので、たぶん今井さんにも小林さんにも、ちゃんと言葉で表現できていなかったですが、こんな風に、嬉しさがこみあげています。
扉と引出をすべてつけ終わった後、娘が「このおうち、千年住んでも、飽きないね」といってくれました。
そんなことを思える家に住めるなんて、ほんとうに恵まれた幸せなことです。
そんな場所をつくってくださり、本当にありがとうございました。
引越しはあさってです。
仕事をしながらの片づけになるので、時間がかかってしまうかもしれませんが、落ち着いたらお声掛けいたします。
ぜひ、使っている様子をみにきていただければ嬉しいです。」
うれしい感想ありがとうございます。
我が家のキッチンと言うと、3歳の頃から私はずっと団地暮らしでしたので、リビングやダイニングが小さな田の字で仕切られた正方形の中にある暮らしでした。
日中は母も父のことの仕事を手伝っておりましたので夕方までは両親が留守にしていたので、思い出すのはいつも母が戻って賑やかになる夕暮れで、部屋のどこからでも見えるキッチンは私にとって母がいる安心する場所でした。
土曜日は学校が早く終わるので、弟と3人でケチャップ味の強いナポリタンを食べていたのをよく思い出します。
ご飯は毎日食べるものですので、毎日いろんなことを記憶しますよね。
良い思い出をこれからたくさん作って、お子さんたちの、そしてFさんご家族みなさんの心のよりどころになっていってもらえるとうれしいです。
天板 | ステンレスバイブレーション |
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扉・前板 | ナラ柾目突板練り付け |
本体外側 | ナラ柾目突板練り付け |
本体内側 | ポリエステル化粧板「ホワイト」 |
塗装 | オイル塗装仕上げ |
ステンレスバイブレーションとナラ柾目のキッチン
価格:850,000円(制作費・塗装費、設備機器は別途)
ナラ柾目の吊戸棚
価格:280,000円(制作費・塗装費)
ナラ柾目の食器棚
価格:510,000円(制作費・塗装費)
*運送搬入費・取付工事費が別に掛かります。
(目安として、運送搬入費は50,000円から、取付施工費は170,000円から)